2016年5月24日火曜日

鴻海、早くもシャープを子会社扱いでやりたい放題…日産は三菱自を「植民地化」(2)

「燃費の不正問題が発覚した段階で、こういうことになると予想はしていない。当然、状況把握を待った。そして、益子氏との対話のなかで、今回の資本提携という結論に至った。これまで、互いに信頼を築いてきたなかで、いつかの段階で資本提携を行う可能性は話に上っていたが、今回の事象で加速した感はある」

 5月の大型連休中に益子氏と会談を行って、一気に走り出したということだ。やり手で断固とした意思決定をするゴーン氏のことなので、その通りなのだろう。

 三菱自の株価も、燃費偽装問題が発覚して急落していた。ゴーン氏としては、問題発覚前より1500億円ほども割安に同社を取得できる状況となっていた。

(この項 続く)

2016年5月23日月曜日

鴻海、早くもシャープを子会社扱いでやりたい放題…日産は三菱自を「植民地化」(1)

テリー・コウ会長と高橋社長
5月11日掲載の本連載前回記事『「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先』で私は、三菱自動車を強く批判し、「自浄力がなく、責任を取って廃業せよ、金曜会など他の三菱グループ企業も支援すべきでない」と主張した。

 その後、事態は急転直下、カルロス・ゴーン社長兼CEO率いる日産自動車が2000億円強を出資し、三菱自株式の34%を握り筆頭株主となり、実質的に傘下に収めることが発表された。

ゴーン氏の野望としたたかなアプローチ


 発表会見はゴーン氏と益子修三菱自会長により、5月12日に行われた。三菱自の燃費不正が発覚したのが4月20日のことだったから、わずか3週間後の電撃的なディールである。あまりに短期間の展開に、燃費不正問題そのものが「三菱自を傘下に収めるための、両者の事前合意があった出来レースではないか」との指摘も出ているが、ゴーン氏は同日の会見でこう否定している。

(この項 続く)

2016年5月17日火曜日

「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先(7)

不買運動と株主訴訟で追い詰めるべき


 重大なコンプライアンス違反を犯した会社は、相応のペナルティを受けてきた。雪印乳業やライブドア、船場吉兆は市場から退出したし、赤福や石屋製菓(「白い恋人」の販売元)はしばらくの間販売停止に追い込まれた。

 死者まで出したリコール隠しをしていた三菱自には、今度こそ廃業してもらうべきだと私は思う。それにはどうしたらいいのか。
 ひとつは、単純に同社製品への不買などを求める消費者運動の高まりに期待したい。

しかし、「三菱重工三菱自動車の株を持っていますからね。株主としては支援はしなきゃイカン。それは当然のことでしょう」(同)と、相川氏は三菱グループとして三菱自動車を擁護する姿勢を示した。このようなグループとしての反社会的な行為を阻止するためにはどうしたらよいか。

 私が三菱重工の株主だったら、同社が三菱自の救済措置を取ったら取締役に対しての株主訴訟を考える。つまり、反社会的集団への支援ということで取締役の善管注意義務違反を問う。

 また、セブン&アイ・ホールディングス鈴木敏文前会長を辞任に追いやったアクティビスト株主の出現にも期待したい。三菱重工に書簡を送り、反社会的な投資や援助行動を取ることは公企業の行動倫理に反し、最終的に株主に対する企業価値を毀損することを指摘してけん制してもらいたい。あるいは、議決権行使助言会社が株主総会を前にして、会社を特定して、あるいは一般論として反社会的な企業行動を取らないよう見解を出すなどだ。

 私たちは資本主義社会に生きている。それは優勝劣敗の社会だ。しかし、「儲かるのなら何をしてもよい」ということでは決してない。

(この項 終わり)

2016年5月16日月曜日

「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先(6)

反社会的な存在ということは、暴力団と同じだというとわかりやすい。そして、暴力団は駆逐されるべきだ。

相川賢太郎氏は「会社(三菱自動車)が潰れたら3万人の従業員が路頭に迷うことになるんですから、そんなに簡単に潰せるもんじゃないんです」(同)ともコメントしているが、暴力団を廃業させる場合でも組員の就業対策が必要となる。同じことではないか。

「彼らを咎めちゃいけない。三菱自動車のことを一生懸命考えて、過ちを犯したんだから。(略)武士の情け、そういう気持ちも大事ですよ」(同)とも語っているが、そのために2度も死亡事故を起こし、今回も社会的影響は計り知れない。

相川賢太郎氏の見解は、外部に迷惑をかけても仕方がないということだ。三菱グループ以外の外部というのは、すなわち私たち市民社会である。それに迷惑をかけても渡世のためには仕方がないというのは、反社会勢力の考え方だ。三菱グループは三菱自動車の件に関して反社会勢力となることを同氏は自認したことになる。

(この項 続く)

2016年5月15日日曜日

「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先(5)

昨年から今年にかけて、消費者や社会を裏切るような意図的なビジネス事件を思い浮かべてみる。

・独フォルクスワーゲンのディーゼル偽装
・東洋ゴムの免震装置ゴム不正問題
・東芝の利益操作 
・三菱自の燃費データ偽装


 いずれも大企業、つまり大組織である。それぞれの事象を引き起こした経営者あるいは担当者は、社外つまり社会や消費者の損益よりも、自分が属する組織内での損得や価値観、行動規範を優先させ、その結果として反社会的な企業内行動を取ってしまったという構造で理解できる。

相川哲郎社長の謝罪会見を見ていて違和感を覚えたのは、軽の供給先の日産のことを「日産様」と「様」付けで何度も丁寧に格上呼称していたことだ。「この会社は対消費者目線がないんだな」と感じた。今回の問題で一番被害を受けているのはユーザーであり、社会である。それが直接の取引先のことしかとりあえず念頭にないのだ。社会的視点が欠落している大企業が反社会的なことをしでかしてしまっている。

(この項 続く)

2016年5月14日土曜日

「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先(4)

しかし、それに続いて「従業員は一生懸命やっていますから。会社のためと思ったのが裏目に出たわけですよ」(同)と見解を述べているのは看過しがたい。

B to Cの製造業会社が、消費者の安全より会社のため、あるいは組織適応を優先して起こしてきたのが一連の三菱自の不正事件ではなかったか。

「買うほうもね、あんなもの(公表燃費)を頼りに買ってるんじゃないわけ」(同)と相川氏は放言しているが、「だからいいんだ」という価値観の袋小路の行き先が、2度にわたる死亡事故だったのではないか。

大企業を崖っぷちに追いやる、いびつなムラ社会論理


 実は相川氏は、三菱自の相川哲郎現社長の実父である。つまり、2人は三菱グループというムラ社会どころか家族なので、応援発言に熱が入ってしまうのも理解できなくはない。しかし、グループの実力者のこの発言は「贔屓の引き倒し」のような向きを否めない。

(この項 続く)

2016年5月13日金曜日

「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先(3)

三菱自を延命させてきた三菱グループの総意


 過去の2回にわたるリコール隠しで経営危機に陥った三菱自動車を救ってきたのは三菱グループだ。三菱グループ主要29社は「金曜会」という親睦会を形成している。グループの御三家と呼ばれるのが三菱商事三菱重工業、そして三菱東京UFJ銀行である。この御三家が資金的にも人材的にも支えることで三菱自は過去の危機を乗り越えてこられた。

 今回のいわば「三度目の大罪」に対しても、「三菱グループの天皇」と呼ばれる相川賢太郎氏(三菱重工相談役)は「絶対に潰しちゃイカンですよ。(略)皆で助け合ってやっていこうというのが、三菱グループ29社の精神ですから」(「週刊新潮」<新潮社/5月12日号>より)と語っている。

(この項 続く)

2016年5月12日木曜日

「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先(2)

石井啓一国土交通大臣は4月22日の会見で、「日本ブランドに対する信頼・信用を失墜させ、ユーザーに対しても多大な迷惑を掛けていることについて猛省を促したい」と三菱自を厳しく批判した。25年にもわたって燃費データ不正を続けていた同社は、経営トップが関知していたかは別にして、「不正に対しての組織的確信犯」というしかない。

 同社は過去にも23年以上にわたって不具合情報を多数も隠蔽し(2000年発覚)、関連して2件の死亡事故が起きている(02年)。法人としての同社と子会社の三菱ふそう、そして三菱自の副社長以下経営幹部複数名が刑事有罪となった。

 安全にかかわる事項について意図的に隠蔽して死者を出した。司法的にも有罪が確定した。つまり、三菱自は犯罪を重ねてきた会社であり、それがまた性懲りもなく反社会的な行為をしでかしたというのが今回の構造である。こんな会社の存続を許してはならない。

(この項 続く)

2016年5月11日水曜日

「反社会的勢力」三菱自、隠蔽と犯罪を重ね死者続出…消費者の安全より組織的利益優先 (1)

燃費試験の不正行為について会見する
三菱自動車工業・相川哲郎社長
燃費データ不正に揺れる三菱自動車工業の4月の軽自動車販売は、前年同月比44.9%減と大きく落ち込んだ(全国軽自動車協会連合会が5月2日に発表)。

4月20日に不正を発表して以降、問題車種の販売を停止しており、5月はさらに落ち込む見通しだ。

 同社は水島製作所(岡山県倉敷市)で軽の生産を止め、全工場従業員約3600人のうち約1300人が一時帰休させられている。影響は三菱自だけでなく取引先にも広がり、同社から供給を受けていた日産自動車の4月軽自動車販売が昨年対比51.2%のマイナスとなった。

懲りない会社の自業自得


(この項 続く)

2016年5月10日火曜日

『間違いだらけのビジネス戦略』が アマゾンで

拙著『間違いだらけのビジネス戦略』(クロスメディア・パブリッシング)が、アマゾンでプッシュされている。

キンドル版が767円と、特別セール中。是非この機会に。

2016年5月9日月曜日

トヨタ、複雑怪奇な組織体制へ異次元改造始動…なぜ機能する?(7)

それにしてもこんな大企業を率いていく組織形態というのは一筋縄ではいかないもので、その証拠に前述のマトリックス構造に加えて、トヨタは技術分野別の3カンパニーを設置した。これらのカンパニーは、機能別組織となる。

 トヨタの新体制は、こうしてみると「あれやこれや」で代表的な組織構造を3つまでも混在させようとしている。このような新奇で大胆な組織体制が機能するのか、貢献するのか、大いに注目されるところだ。

 さらにトヨタの場合、特異的な経営要素としてみておかなければならないのは、豊田社長の存在だ。同氏は米国公聴会を契機に「吹っ切れた」(前出・週刊東洋経済記事)と自認しており、外部から言わせると「一皮剥けた」という表現ができる。創業家出身という出自も踏まえて、その求心力を大きく強めてきた。大トヨタを率いるヘッドオフィス機構として今回は4人の副社長を配置し、磐石の体制を敷いたようにみえる。

 新体制をロールアウトしたトヨタは、そして豊田氏はどんな地点まで到達しようとするのか。できるならば「21世紀の松下幸之助」と言われるまでのレベルを目指してほしい。

(この項 終わり)

2016年5月8日日曜日

トヨタ、複雑怪奇な組織体制へ異次元改造始動…なぜ機能する?(6)

さらに機能別カンパニーまで、社長の求心力とのバランスはどうなる


「組織は戦略に従う」という有名な言葉がある。経営史学者のアルフレッド・チャンドラーが1962年に著した書籍の翻訳タイトルから有名になった。これをもじって、「組織は規模に従う」という傾向を指摘できる。

 初動段階の企業は、その組織形態としては自然発生的に「機能別組織」をとる。業容や規模が拡大していくと事業部別組織を選択することがある。さらにトヨタのように大きくなるとマトリックス型組織に進む、という傾向が観察できる。

 しかし、組織形態はあくまで経営者の選択によるものだから、このステップを必ずしも踏むわけでもない。トヨタを見ても、メーカーとしてのトヨタ自動車工業からトヨタ自動車販売が1950年に分離設立されたのは機能別組織を強化する動きだったが、82年には自工・自販の合併により現在のトヨタとなった。

 そして大トヨタのなかで、豊田章男社長指揮下ですでに3回目となる今回の組織大変更だ。組織の変更が経営者の意思表明だと私は解説しているが、その時々の状況においての対応最適を目指すのなら、組織体制は停滞していてはならない。

(この項 続く)

2016年5月7日土曜日

トヨタ、複雑怪奇な組織体制へ異次元改造始動…なぜ機能する?(5)

私はビジネスマン時代、米誌「フォーチュン」が毎年選ぶ優れた500社、いわゆるフォーチュン500社のうちの1社、社長時代にあっては別の同様企業や蘭フィリップスなどでマトリックス組織のなかで働いた。

 正直に言って、組織の内側で働く立場になると、マトリックス組織は面倒で不効率に思えた。というのは、レポート先が2つ存在するからだ。そしてとあるビジネス・イシューで見解が分かれると、両者の上層での合意、調整に時間を要することになる。場合によってはどこにも進めない事態に陥る。

 しかし、トヨタのように全世界で33万人もの従業員が働く巨大企業になると、マトリックス組織のように一見複雑な組織形態を採用しないとかえって不効率となり、組織運営そのものが円滑に進まないということは予想できる。

(この項 続く)

2016年5月6日金曜日

トヨタ、複雑怪奇な組織体制へ異次元改造始動…なぜ機能する?(4)

グルーバル大企業で避けられない複層構造


 さて、トヨタは日本を代表する製造業企業として世界中でビジネスを展開している。その場合、各国でのビジネスは3種類の組織にどのように管掌されるのだろうか。答えは「全部が絡む」ということになる。

 マーケティングあるいは販売という切り口でみると、たとえばある国における小型車のビジネスは小型車というカンパニー、つまりプロダクト別の事業部に統括される。それぞれのモデルについては車種別カンパニーのなかにいるチーフエンジニアがその車の仕様について、また製造や生産においても権限と責任を持つ。

 ところが一方、その特定国をマーケットと見ると、「第1トヨタ」か「第2トヨタ」に分類される。

 このように、ある国でのあるビジネスについて複数の責任組織が介在するのを「マトリックス組織」という。「組み合わせ組織」または「交差組織」と理解すればいい。

(この項 続く)

2016年5月5日木曜日

トヨタ、複雑怪奇な組織体制へ異次元改造始動…なぜ機能する?(3)

事業部別組織と地域別組織


 2回の体制変更を経ての今回の新体制は、トヨタという巨大企業におけるいくつかの組織軸に沿って構成されているので、外部からは一見して理解しにくい。

 新設されたカンパニーから解説していく。前述した車のタイプごとの4カンパニーは、「事業部別組織」だ。それぞれのカンパニーという名前の事業部には製造子会社も含まれ、チーフエンジニアが複数いる。これは特定の車種について全権限を持つとされる。つまりパッケージ・グッズの会社におけるプロダクト・マネジャーである。

 短中期の新車種開発はもちろん、人事や調達などの機能も各車種別カンパニーが担う。プレジデントは年間60万台から500万台を販売する車メーカーの経営者の役割を果たしていくことになった。

 一方、技術分野ごとの3カンパニーは機能別組織ということになる。今回の新体制では、さらに以前から存した第1トヨタと第2トヨタという市場別組織がある。この2組織は当該地域・国別でのマーケティング上のアプローチに意を尽くすという役割だ。「地域別組織」としておく。

(この項 続く)

2016年5月4日水曜日

トヨタ、複雑怪奇な組織体制へ異次元改造始動…なぜ機能する?(2)

7カンパニーと第1トヨタ、第2トヨタにはトップとして「プレジデント」(これも法人の社長という意味ではなく社内肩書きである)が置かれた。7カンパニーにはトヨタの専務が、第2トヨタには常務が任命された。第1トヨタのみトヨタ初の外国人副社長としてディディエ・ルロワ氏がルノーから移籍、着任した。

豊田社長、3度目の最大の組織改造


 豊田章男は2009年に社長に就任した。それ以降、大きな組織改造は今回が3回目でもっとも大きい。豊田氏が大胆な組織改造を行うようになったのは、トヨタ製車両の突然の加速問題をめぐり10年2月、米議会の公聴会に召喚されて証言をしてからのことだ。

「転機となったのは公聴会です」(「週刊東洋経済」<東洋経済新報社/4月9日号>より)

 こう自ら認めているように、修羅場くぐりを果たした経営者は、この大企業を自信に満ちて取り回すようになった。11年には取締役を27人から11人に削減し、意思決定の迅速化を図った。13年には第1トヨタ、第2トヨタという世界地域別のビジネスユニット制を導入している。

(この項 続く)

2016年5月3日火曜日

トヨタ、複雑怪奇な組織体制へ異次元改造始動…なぜ機能する?(1)

トヨタ自動車の新組織が4月18日に発足した。今回注目されるのは、同社としては初めて導入されたカンパニー制だ。カンパニーといっても法人という意味ではない。子会社なども取り込んでいる「社内カンパニー」のことである。

 社内カンパニーには2種類あり、「小型車」「乗用車」「商用車」「高級車(レクサス)」という車のタイプごとの4カンパニーと、「先進技術」(自動ブレーキ、自動運転など)、「パワートレーン」(エンジン、トランスミッションなど)、「コネクティッド」(カーナビ、ネット対応など)の技術分野ごとの3カンパニーだ。

 新体制では、上記社内7カンパニーのほかに地域別事業責任主体として「第1トヨタ」(日本、北米、ヨーロッパなど先進国担当)と「第2トヨタ」(中国東南アジア、中南米など新興国担当)が置かれた。

(この項 続く)

2016年5月2日月曜日

(株)松田商工 ゼロから創業60年、成長し続ける秘密…新卒入社の退職者ゼロ(6)

中小企業の生き残り戦略とは


 松田社長にインタビューして感じたことは、数十名規模の会社が堅実に伸びていくには、やはりその規模に適した戦略がある、ということだ。ポイントを集約すると、次のようなことになる。

1.社員を大事にする。会社は社長ひとりでは回せない、育てられない。
2.小さいなりに特色を出す。戦略的には差別化点をつくれ、ということだ。
3.
経営者が経営に絶対的に集中すること。それを見て社員も奮起する。

 松田商工を取材してもうひとつ感じたのは、同族企業における経営陣の確保ということだ。東工建もまた第3工場を保有していた会社も、後継経営者の確保が問題となり、松田商工に後を託した。

 対照的に松田商工は、1代目から3代目までの社長が同族内で順調に承継されてきた。さらに現経営陣を見ると、副社長が社長の実弟、取締役が社長の義理の弟で年代的にそんなに離れていないということもあり「松田3兄弟」による経営が具現化されている。そして拝見したところ、とてもチームワークがよさそうだ。

 これは、日本で99%以上を占める同族企業にとってはうらやましい状況のはずだ。着実な体制で固めている同社の未来は、明るいのではないか。

(この項 終わり)

2016年5月1日日曜日

(株)松田商工 ゼロから創業60年、成長し続ける秘密…新卒入社の退職者ゼロ(5)

社員を大事にして次のステージへ


――社長が社員の人たちに呼びかけているのは、どのようなことでしょうか。
松田氏 大層に聞こえるかもしれませんが、「東日本NO.1の鋼板加工会社になる」ということを呼びかけています。特に、鉄板の「折り曲げ」と「ロール」という技術分野にこだわっていこうと言っています。

――失礼ながら、結構具体的で明確に進んでいらっしゃるのですね。
松田氏 何とかそうしよう、と(笑い)。でも、それを実現してくれるのはお客様と社員たちです。当社のお客様は、取引の歴史も長く、“松田商工の技術力”を信頼してご依頼いただいております。高いご期待に応えていく、やりがいを実感できます。

――現場で拝見したのですが、たとえば鉄板を幅広側の径が1メートル以上もある大きな漏斗状に加工するなどしていました。
松田 はい。手作業加工で、一発勝負で仕上げます。

――本当に匠のわざですね。社員の皆さんもイキイキとされているようにみえます。
松田氏 大卒の新卒採用を5年前から始めました。おかげさまで退職者はゼロです。社員には、安定した生活を送りながら充実した仕事をしてほしい、と願っています。東工建も入れれば、4工場となったので着実に130名体制を実現したい。

――中途採用も進めていくということですか。
松田氏 はい。現場のほうも経験者は大歓迎します。当社で何より匠の技術を向上してもらえれば、それに越したことはありません。

(この項 続く)

2016年4月30日土曜日

(株)松田商工 ゼロから創業60年、成長し続ける秘密…新卒入社の退職者ゼロ(4)

――社員数が倍になったということで、昨年から大きな動きがあったわけですね。
松田氏 2つの工場でキャパシティがきつくなっていました。数年前から第3工場をと考えていたのですが、ある会社が営業をやめるというのを業界紙で目にしました。思い切って交渉にうかがいましたら、昨年早々に現在の第3工場を譲渡していただいたのです。

――規模はどれくらいでしょうか。
松田氏 第3工場は約2400平方メートルありますので、第1、第2より大きい工場になります。

――昨年は、もうひとつ大きな動きがありましたね。
松田氏 同業の東工建(あずまこうけん)を事業承継しました。経営者が高齢となり、後継者もいないということで、取引先でもありましたので経営を引き継がせてもらいました。

――どんなシナジー(相乗)効果を見通したのですか。
松田氏 東工建も当社と同じく、各種形鋼のロール曲げ技術に定評と実績があるので、当社が目指すところと同じだと判断しました。工場と本社も同じ鉄鋼団地の中にあり、行き来など何かとやりやすい。

(この項 続く)

2016年4月29日金曜日

(株)松田商工 ゼロから創業60年、成長し続ける秘密…新卒入社の退職者ゼロ(3)

コツコツ、コツコツ、とにかく地道にがんばるのが中小企業


――松田社長は学卒ですぐに家業に入社されたのですか。
松田氏 いいえ、新卒したときは鋼材専業の商社で勉強させてもらいました。松田商工に入社したのは26歳のときです。

――社長に就任なさってから8年。ビジネスはどんな具合に発展したのでしょうか。
松田氏 社員の数でいえば、55名だったのが95名になりました。近いうちに100名の大台に乗せられれば、と願っています。年商は23億円ほどです。


――経営者としてどんなところに力を入れているのですか?
松田氏 それは、技術なんですね。鋼材の加工というのは、いってみれば匠の技術なのですが、匠の技術だからこそ他社では再現しにくいという側面があります。

――そうすると、現場作業者の養成、そして確保が重要となるわけですね。
松田氏 私どもが考えているのは「鉄を通して、社員の成長とお客様の繁栄を実現したい」ということですが、具体的には「折り曲げ」と「ロール」という加工を、当社の強みとして追及しています。

(この項 続く)

2016年4月28日木曜日

(株)松田商工 ゼロから創業60年、成長し続ける秘密…新卒入社の退職者ゼロ(2)

62年に鉄鋼団地の募集があったとき、いきなり4コマ分として1600坪の申し込みをして同業者を驚かせた。それまでの規模の10倍以上を申請したからだ。

 この勝負が見事に成功した松田氏は、10年後の同団地第2期募集ではさらに1800坪を買い増し、第2工場を竣工するに至っている。75年に現社名とした。
 第1工場はガス溶断を主業務としていたが、第2工場は折り曲げ、ロールを増設して加工専門の工場として発足した。折り曲げロール加工に進出したことが、同社の発展を今に至るまで支えた英断といっていい。

 2代目社長だった松田中氏(創業者の甥)を挟んで、松田学氏が現在の3代目社長に就任したのは2008年。学氏は創業者の長男で、そのとき50歳、満を持しての登板だった。今回は松田学社長に話をうかがった。

(この項 続く)

2016年4月27日水曜日

(株)松田商工 ゼロから創業60年、成長し続ける秘密…新卒入社の退職者ゼロ(1)

本連載前回記事『ディズニーR隣に同じ広さの「鉄の国」があった!壮観な工場群・浦安鉄鋼団地の秘密』で千葉県浦安にある広大な浦安鉄鋼団地を紹介した。

東京ディズニーリゾートに近い埋立地に造成された107万平方メートルという広大な敷地に270もの事業所が操業している。そのすべてが鋼材を加工する工場か、その物流に携わっているという、ほかに類を見ない単一業界の工業団地だ。私は「鉄の秋葉原」と前回記事で形容した。

 約270の事業所は、およそ200の企業が保有・操業している。どのような会社がこの鉄鋼団地で事業を営んでいるのか。『MONUMENT 浦安鐵鋼団地協同組合創立50周年記念誌』に同団地造成初期から操業している枢要な数社が紹介されているので、そのなかにあった株式会社松田商工を事例として取り上げたい。

 創業者の松田秀夫氏(現相談役)は、1930年生まれ。16歳で生まれた北海道岩見沢市で国鉄の駅員となった。20歳のときに上京して鉄屑屋に飛び込み、24歳で独立して松田商店を創業した。やがて亀戸に2つの鋼材加工工場を持つが、いずれも60坪ほどの広さだった。中小というより零細といっていい典型的な町工場だったわけだ。

(この項 続く)

2016年4月26日火曜日

リーダーズブートキャンプ説明会 5月14日(土)午後2時

リーダーズ・ブートキャンプの説明会もある
戦略セミナー(山田修講師)が開かれます。


「繁栄の黄金律と戦略カードで樹てる実践・戦略立案セミナー」


5月14日(土)14:00-16:00


リーダーズ・ブートキャンプにご興味のある方は是非ご参加ください。



2016年4月25日月曜日

ディズニーR隣に同じ広さの「鉄の国」があった!壮観な工場群・浦安鉄鋼団地の秘密(6)

――当団地は発足半世紀で、足元の業況が思わしくないということですね。経営の後継者問題などで、事業者数は減少しているのでしょうか。

加藤 経営者は2世どころか、3世の世代に入っているところも珍しくありません。この団地は鉄鋼関連の会社でなければ入居できないのですが、事業所が減少しているということはありません。

――当団地の各社が直面している問題には、どのようなことがありますか。

加藤 他業界にも起こっていることでしょうが、人手不足が問題となるかもしれません。特に鋼材の配送は大型トラックを使うので、その運転手確保が心配です。また、問題ということではありませんが、当組合は近隣との融和を運営の最重要課題としています。
 騒音や環境汚染の問題はありませんが、大型トラックが出入りしますので、交通事故を起こさないよう、各事業所に強く要請しています。また、近隣自治会とも互いに話し合える関係を構築しています。

――直近の新しいビジネス的な動きがあれば教えてください。

加藤 川上である鉄鋼メーカーが需要家に製品を直送する動きが出てきました。当団地としては、在庫と加工の両方の機能を担った流通基地としての位置づけをますます強化していかなければならないと思っています。それが需要家に対する当団地総体としての付加価値となるかと思います。

――ありがとうございました。

(この項 終わり)

2016年4月24日日曜日

ディズニーR隣に同じ広さの「鉄の国」があった!壮観な工場群・浦安鉄鋼団地の秘密(5)

――それでは「鉄の秋葉原」ですね。

東京五輪需要への期待と、その後の心配


――11年の東日本大震災の復興需要などで、建設業界の業績は絶好調です。鉄鋼業界も潤っているのでしょうね。

加藤 鉄鋼メーカーなどの川上はともかく、加工流通業界にはまだ十分に影響が及んでいないのが実情です。当団地の扱い量の推移で見ると、08年のリーマンショックで各社大きな影響を受けたところに、11年の東日本大震災で追い討ちを掛けられた。今はようやくそれが回復してきたのかな、という状況で、これから20年の東京五輪へ向けて需要の拡大に多少なりとも期待しています。

――業界の皆さんは、市況をどう見ているのでしょうか。

加藤 団地の加盟社に「景況実感調査」を毎月しているのですが、月商額が対前年同月と比べて伸びている会社数は短期的には減少しています。

(この項 続く)

2016年4月23日土曜日

ディズニーR隣に同じ広さの「鉄の国」があった!壮観な工場群・浦安鉄鋼団地の秘密(4)

――団地内の工場はクレーンを使うので、とても天井が高いのですね。

加藤 そうです。また、各工場では対応している加工が異なることがあるので、互いに加工委託しているケースもあります。加工といっても「切断」だけでシャーリング、ガス溶断、プレス抜き、レーザー切断などが、「曲げ」ではベンディング、ロールフォーミングなどの各種技術が駆使されています。その他にも溶接、切削などの加工があるのですが、各事業所で行っている加工範囲が異なっています。しかし、団地全体としてはそれらのことはすべてこのなかでまかなえるというわけです。

――在庫、加工、流通、つまり魚でいうと築地市場ですね。

加藤 業種は違いますが、そうですね。当団地で流通している扱い量は、出荷ベースで年間約500万トンあります。これは全国で流通している鉄材の8%近くになるのですが、東日本だけでいえばその割合はさらに大きくなります。

――出荷先は首都圏だけではないのですか。

加藤 青森県や宮城県からも注文が来ています。遠くから大型トラックを仕立ててきても、鉄鋼団地に来れば鉄材が揃わないことはない、といわれています。

(この項 続く)

2016年4月22日金曜日

ディズニーR隣に同じ広さの「鉄の国」があった!壮観な工場群・浦安鉄鋼団地の秘密(3)

――2つの工場を持っている会社もあるわけですね。しかし、日本に工業団地は数あれど、同じ業態だけでこれだけの団地が造成されているのは珍しいですね。ほかに聞いたことがありません。

加藤 はい。この団地はそもそも埋立地だったのです。前回の東京五輪が64年に開催されることになり、それに先立って東京都内で大型トラックの交通規制がとても厳しくなるという情勢がありました。都内で鉄の加工をしていた多くの会社が将来を危惧し、東京鉄鋼販売業連合会が千葉県と交渉して、本団地の造成に至ったのです。

鉄の秋葉原


――270もある鉄関連の事業所は、具体的にどんなビジネスをしているのですか。

加藤 川上である製鉄所というか鉄メーカーからは、板はもちろんパイプや棒状鋼、H形鋼などさまざまな形状の鋼材が出てきます。それらを在庫として保管販売する流通機能があります。それから、ユーザーの使い勝手によりそれらの素材を切ったり、曲げたりする加工機能があります。

(この項 続く)

2016年4月21日木曜日

ディズニーR隣に同じ広さの「鉄の国」があった!壮観な工場群・浦安鉄鋼団地の秘密(2)

鉄鋼団地の入り口にある「浦安鉄鋼会館」で、浦安鉄鋼団地協同組合の加藤里行(のりゆき)専務理事に話をうかがった。

東日本の鋼材需要を支えている「鉄の市場」

――すごい団地ですね。広さはどのくらいあるのですか。

加藤里行氏(以下、加藤) 約108万平方メートル(32.7万坪)ほどのなかに、270の事業所が入っています。団地で働いている従業員の数は4000人を超えています。

――東京ドームの23個分という広さですか。事業所というのは、すべて鉄鋼関係なのですか。

加藤 はい。ここは鉄鋼関係の団地として造成されたので、鉄鋼を加工する工場や鉄鋼を保管する倉庫などが集結しました。第1期が1969年に、第2期が80年に引き渡しされたのですが、第2期造成分には第1期ですでに進出していた会社のみが申し込めたので、全体での企業数は200社ほどになっています。事業所の「敷地コマ」は400坪が単位で、4コマを使用している工場も多くあります。

(この項 続く)

2016年4月20日水曜日

ディズニーR隣に同じ広さの「鉄の国」があった!壮観な工場群・浦安鉄鋼団地の秘密(1)

東京駅から京葉線に15分ほど乗ると、もう千葉県だ。浦安市・舞浜駅の駅頭はとてもカラフルだ。東京ディズニーリゾートに向かう若い男女や家族連れで賑わっている。

 ところが、ディズニーリゾートとは逆側の北口から出て京葉線を追うように15分ほど歩くと、南口にある「夢の国」とは対峙するような舞浜の別の顔が見られる。

県道276号線で橋に出ると、左から流れてきている見明川が右側はもうすぐに海に続いている幅広な工業水路となっている。水路の両側には運搬船が接岸できる大型の工場がびっしり立ち並んでいる。

 さらに左手に桜を愛でながら進むと、橋から数えて最初の交差点に「浦安鉄鋼団地」という大看板が見える。そこを右に入ると「鉄の国」が姿を現す。その町名は「鉄鋼通り」という。県道から入るわき道のはずなのに、左右4車線、幅広な道がずっと海まで続く。道には大型トラックが行きかい、道の左右には天井が高い大工場がびっしり並び壮観だ。

(この項 続く)

2016年4月19日火曜日

経営者ブートキャンプのクラス会

経営者ブートキャンプ第9期のクラス会が銀座で開かれ、招いてもらった。

福岡から弥冨社長も来てくれて、たのしい会となった。弥冨社長はスリランカでホテルを含め意欲的に事業展開を始めているとのこと。

他の皆さんも経営者として一皮剝けた感じで成長している。皆さん頼もしい限りだ。


2016年4月18日月曜日

老害化した天才経営者・鈴木セブン&アイ会長、なぜ退任に?一介の雇われ経営者の末路

ロイター/アフロより
つい最近も、LIXILではプロ経営者として招聘された藤森義明社長が創業家の潮田洋一郎氏の主導で更迭され、クックパッド社では穐田誉輝(あきたよしてる)氏が年商を6割も伸ばしたあげくオーナーの佐野陽光氏により社長交代させられた。鈴木氏も「資本と経営の分離」を唱導していたが、結局は「店を任されていた大番頭」としての立場を出られたわけではなかった。

 巨星墜ちたセブン&アイ・グループはどこへ行くのか。単身で鈴木氏に代わることができる経営者などそうはいないだろう。セブン-イレブンは好調なのでこのまま井阪体制で進むのが自然な成り行きだろう。結果として伊藤家の信任を得たかたちとなっているので、当面は安定して経営を進めていくことができる。

 伊藤氏が今回、このような「創業家の意思」を明示したことにより、イトーヨーカ堂の分離は当面なくなった。といっても、それは伊藤氏の目の黒いうちは、という時間的な限定が留保される。一部で鈴木氏の次男・康弘氏をセブン&アイHD会長へ据える動きもあるなどと報道されたが、前述のような資本構造と資本家の意思の発動という成り行きを見ると、そんな動きは「烏滸の沙汰(おこのさた)」としかいいようがない。

 日本の流通業の最大プレーヤー、セブン&アイ・グループの経営の舵を握るのは誰になるのだろうか。

(この項 終わり)

2016年4月17日日曜日

老害化した天才経営者・鈴木セブン&アイ会長、なぜ退任に?一介の雇われ経営者の末路(5)

ロイター/アフロより
鈴木氏は委員会で支持されなかった更迭案をあえて4月7日の取締役会に提出したが、無記名投票により承認されることはなかった。ここでも社外取締役が見識を示して影響力を発揮した。事ここに至って、無理筋を追おうとした鈴木氏は自らが退任するという事態に追い込まれたのである。

 30年以上にわたってセブン&アイ・グループで強権をほしいままにして天皇経営者となり、そしてそのまま老境に入ってしまい最後でバランス感覚を失ってしまったとしかいいようがない。
 私は、鈴木氏は稀有な経営者だと思っている。その実績・功績は流通業界において比肩できる者はいない。平成の大経営者の一人として、高く評価している。

 しかし今回の鈴木氏退任劇でつくづく感じたのは、経営者と資本家の関係だ。伊藤氏が保有する株式の数は、持ち株会社のものも含めるとセブン&アイHDの9.66%(2月29日現在)に上る。筆頭株主である。鈴木氏の名前はセブン&アイHDの上位株主リストに見当たらない。鈴木会長がいかなる功労者、大経営者、グループの総帥だったとしても、株主資本主義の会社では「一介の雇われ経営者」にすぎない。

(この項 続く)

2016年4月16日土曜日

老害化した天才経営者・鈴木セブン&アイ会長、なぜ退任に?一介の雇われ経営者の末路(4)

ロイター/アフロより
「セブン&アイ・グループのように売り上げ規模10兆円を超える大企業で、世襲のような役員就任があるのは極めて珍しい。オーナー企業や創業家が存在する企業であれば、経営者の係累が役員になるのは珍しくないし、受け入れられることだろう」


 今年に入ると、年明けの1月8日にはイトーヨーカ堂社長だった戸井和久氏(61歳)が鈴木氏に辞表をたたきつけている。戸井氏は昨年社長に就任したばかりで、GMS部門を立て直すエースとして囑望された経営者だ。同氏は鈴木会長からの要求、叱責があまりに熾烈だというので耐えられなくなったとされる。

経営者と資本家の関係


 今回、井阪氏の更迭案について創業者でもある伊藤氏が、「イトーヨーカ堂の社長に続いて、今度はセブン-イレブンの社長を外に出してしまうのか」と思ったとしても無理がない成り行きだったろう。

しかも、セブン-イレブン事業は伊阪氏の指揮の下、5年連続で増収増益を達成している。これでは、伊藤氏どころか2人の外部委員がいる指名・報酬委員会でも支持される役員案とはならなかった。

(この項 続く)

2016年4月15日金曜日

老害化した天才経営者・鈴木セブン&アイ会長、なぜ退任に?一介の雇われ経営者の末路(3)

ロイター/アフロより

潮時だった鈴木氏


 しかし私に言わせれば、大経営者の鈴木氏といえど齢80を越え、近年はその采配に疑問符がつくようになっていた。

たとえば、2015年1月31日付本連載記事『セブン&アイ、株価下落の元凶“お荷物”ヨーカ堂を即刻売却すべき 超優良グループに変身』http://biz-journal.jp/2015/01/post_8770.htmlで私は、不調となっていたイトーヨーカ堂の売却を提言したが、その後に大株主となった米ファンド、サード・ポイントは同年末になって同様の主張の手紙をセブン&アイHDに送りつけている。

また鈴木氏は「イトーヨーカ堂を立て直すまでは引退できない」としていると伝えられていたが、それに対しても「老害への警鐘」としての見解を同記事で示した。

幹部人事についても迷走し始めていた。鈴木氏の次男・鈴木康弘執行役員(51歳)がセブン&アイHD取締役になったことについて、15年4月18日付本連載記事『セブン&アイ、鈴木会長の“逸脱”行為 次男が取締役就任、世襲のような人事の違和感』で次のように疑問を呈していた。

(この項 続く)

2016年4月14日木曜日

老害化した天才経営者・鈴木セブン&アイ会長、なぜ退任に?一介の雇われ経営者の末路(2)

ロイター/アフロより
同日の退任会見で鈴木氏自身が井阪氏の人事案をめぐる経緯を説明した。それによると、井阪氏に退任の内示を出したのは2月15日。その時点では従順に通告を聞いた井阪氏が、2日後に「納得できない」と強硬に異議を唱え出し、それ以降コミュニケーションが取れない状態となったという。

井阪氏は「相談する人がいる」と鈴木氏側に伝えたそうだ。その相手というのが、創業者である伊藤雅俊名誉会長(92歳)だったという。

 3月以降に開かれた指名・報酬委員会を前に、鈴木氏は伊藤氏を訪ね、井阪社長の処遇についての同意を求めた。すると、伊藤氏ははっきりとそれを断ったことを会見で鈴木会長が明らかにして、「こうしたことは初めてで驚きました」と、述べている。それまで伊藤家は経営に関してすべて鈴木氏に一任してきており、両者の信頼関係はとても強かった。

(この項 続く)

2016年4月13日水曜日

老害化した天才経営者・鈴木セブン&アイ会長、なぜ退任に?一介の雇われ経営者の末路(1)

ロイター/アフロより
セブン&アイ・ホールディングス(HD)の鈴木敏文会長兼CEO(最高経営責任者)が退任するというニュースは、大きな驚きをもって受け止められた。84歳という高齢になっていたとはいえ、日本にコンビニエンスストアという業態を導入して社会インフラにまで育て上げた。今日に至るまでグループの総帥としてセブン&アイ・グループはおろか、業界全体の発展に尽力してきた。

 流通業界における鈴木氏の功績は、ダイエー創業者でGMS(総合スーパー)を確立した故・中内功氏に勝るとも劣らないだろう。企業としてのダイエーが消滅してしまった現在、「残った唯一の巨星墜つ」という感慨が深い。

井阪社長の反乱

鈴木氏の退任は、4月7日にセブン&アイHD取締役会でコンビニ事業を担当する井阪隆一セブン-イレブン・ジャパン社長(58歳)を交代させる人事案が採択されなかったことにある。

(この項 続く)

2016年4月12日火曜日

ラーメン一杯2千円…ニセコ、ほぼ完全に外国化?日本人にもパスポート要求(6)

アンヌプリスキー場は、かつてモイワスキー場という名で、その後外資も含めて所有者と名称の変更が繰り返された。そのなかに前述した私の旧社もあった。いまでは地元資本の中央バス観光開発株式会社が経営しているが、湧き立つブームでいつ外国資本に売り渡されるか、予断を許さない。

パスポート事件


 今回ニセコに来て思い出されたのは、新潟県湯沢地区のスキー場で起きたリゾート・マンション・ラッシュだ。バブル時代に雨後の筍のように湯沢や石打、岩原などのスキー場にマンション群が林立し飛ぶように売れたが、今ではその取引価格は初期の10分の1程度だともいわれる。

 今回のニセコ行きに先立ち、インターネット上でホテル情報を探した。あるホテルの「口コミ」として次のような投稿を見た。ニセコスキー場のホテルでチェックインしようとしたところ、フロントにいた西洋人の若者から、「パスポートを提示してほしい」と要求されたというのである。客が「私は日本人だ」といっても、「パスポートを」と何度も繰り返されとても不愉快だったという投稿だ。
 オーストラリア租界となってしまったニセコである。私たちは異国に遊ぶような感覚で出かければいい。

(この項 終わり)

2016年4月11日月曜日

ラーメン一杯2千円…ニセコ、ほぼ完全に外国化?日本人にもパスポート要求(5)

豪州だけでなく欧米でニセコの知名度、人気は急上昇している。「ワールド・スキー・アワード」誌の15年版で、リゾート部門では3年連続で1位に選ばれた。宿泊施設でも高級デザイナーズ・ホテル「ザ・ヴェール・ニセコ」が2年連続で、50室以上のホテル部門では「ヒルトンニセコビレッジ」が3年連続で、ロッジ部門では「セッカカン」が2年連続1位に選ばれるなどだ。

 外国資本の視線も熱い。ヒルトンビレッジは旧名をニセコ東山スキー場といって旧コクド系だったが、07年にシティグループに売却され、10年にはマレーシアの建設コングロマリットYTLコーポレーション傘下に入った。ヒルトンは運営を受託している。

 4スキー場のなかで、花園とヒラフは「ニセコグラン・ヒラフ」として東急不動産が運営している。このうち花園のほうは香港の不動産開発会社パシフィック センチュリー プレミアム ディベロップメンツが所有しているが、運営委託先をパークハイアットに変更して19年からはパーク ハイアット ニセコ HANAZONOとして展開することが決まっている。

(この項 続く)

2016年4月10日日曜日

ラーメン一杯2千円…ニセコ、ほぼ完全に外国化?日本人にもパスポート要求(4)

ここでの人気メニューが蟹ラーメンで、その価格が2300円だった。現地関係者に聞くと、外国人ビジターたちは「日本の物価は安い」と言いながら口にしているという。

 ニセコにまでスキーに来るような外国人たちは、世界中へ旅行に行くような層だ。たとえば英ロンドンや仏パリなどではビジネス・ホテル程度のシングル・ルームが3万円以上したり、ロンドンの地下鉄の初乗り料金が4ポンド(約650円)するという状況を知っているので、2300円のラーメンでも安いと思うのだろう。彼らからみれば、私たち日本人のほうが貧しいと思える状況がニセコでは現出しているのだ。

土地価格上昇が日本一


 昨年3月18日に国土交通省が発表した「平成27年地価公示」で、住宅地の上昇率でニセコが全国1位となった。花園スキー場に隣接する別荘地の地価が平成27年に20%近く値上がりしたのである。各国の富裕層がニセコ地区に別荘を建てたり、コンドミニアムを購入しているのだ。4大スキー場のひとつも「ヒルトンニセコビレッジ」とよばれ、ヒルトンホテル・グループが運営を受託している。

(この項 続く)

2016年4月9日土曜日

ラーメン一杯2千円…ニセコ、ほぼ完全に外国化?日本人にもパスポート要求(3)

さらに驚かされるのは、外国人スキーヤーの多さだ。「ここは日本か?」と思うような情景だ。ヒラフの町並みの変容にも驚いた。

近代化ではなく外国化という方向への発展である。レストラン居酒屋が並び、それらの看板には大きく英語表示がなされている。内装も西洋風でなければ、西洋人に受ける日本風といった趣だ。中に入れば、これも西洋人だらけだ。ついで、香港、マレーシア、シンガポールなどからのアジア人富裕層、最後に日本人スキーヤーという構成となる。

町を歩けばマッサージ店と不動産業者の店舗が目に付くが、それらの看板にも英語表記がなされている。

 当地にオーストラリア人とニュージーランド人が多いのは、あちらでは夏休みとなっているので、2週間程度の夏休みを滞在型で過ごすビジターが多いからだ。ニセコの4大スキー場である花園スキー場のベースにあるHANAZONO308という大きなレストランに入ったら、大型テレビが無数にディスプレイされ、そこに流れている映像はすべて英語のものだった。

(この項 続く)

2016年4月8日金曜日

ラーメン一杯2千円…ニセコ、ほぼ完全に外国化?日本人にもパスポート要求(2)

ニセコスキー場は4つの大スキー場の総称だ。北海道の西側、倶知安町とニセコ町にある。日本海からの偏西風が初めてぶつかり、世界一と評される粉雪を降らせるのがニセコアンヌプリ山(1308メートル)だ。

その山頂付近でつながる、花園、ヒラフ、ビレッジ、アンヌプリの4スキー場で「ニセコユナイテッド」を形成している。それぞれのスキー場で最高標高のリフトからは森林限界を超えているので、山頂まで広大な斜面が広がっていて、ほかのスキー場では望めないような絶景を生み出している。

 半世紀もたてばどんな町でも表情を変えるが、ニセコの変貌には驚いた。合わせてゴンドラが3基あり、リフトはそれこそ縦横に掛け渡されている。半世紀前にスキーを担いで2時間かけて山頂まで歩いた時代とは雲泥の差である。

(この項 続く)

2016年4月7日木曜日

ラーメン一杯2千円…ニセコ、ほぼ完全に外国化?日本人にもパスポート要求(1)

スキーシーズンが終わろうとする3月末、雪を求めて北海道に渡った。何十回、何十年と北海道へ滑りに出掛けているが、今回選んだのはニセコスキー場だった。ニセコなら雪不足の心配はないと踏んだとおり、3.6メートルもの積雪量に恵まれた。

 私のスキー歴は長い。ニセコに初めて来たのは48年前、最後に滑ったのが41年前のことで、勤めた会社がニセコのスキー場のひとつを買収してそこでのスキー指導に出かけた。ニセコを長年敬遠してきたのは、新千歳空港から2時間半という遠さに尽きる。

ラーメンが2300円、「日本は物価が安い」?

(この項 続く)

2016年4月6日水曜日

クックパッド、創業者 批判ばかりで具体案示せず 上場企業失格 (7)

上場などするな、一般投資家を巻き込むな


 さて、ここで改めて重要になってくるのは、「会社は誰の物か?」という冒頭の命題である。

 私の答えは、「株主のものだ」である。クックパッドの場合、佐野氏は最大株主を超えた実質オーナーなのだから何をしてもいい、ということになる。

 しかし、それはその会社がプライベート・カンパニーならば、ということなのだ。株式を公開して上場した以上、社会的責任がある。ほかにも投資家が存在するのだ。それらの一般株主は、短期的に株価15%下落という損失を被っている。逆の言い方をすれば、今回の佐野氏側による経営陣交代は市場の支持を得られなかった、市場とは社会ということでもある。佐野氏は、株式公開などすべきではなかった。

 自ら招請してきた穐田氏を更迭するのなら、なぜ自らがもう一度社長として先頭に立とうとしないのか、火中の栗を拾わないのか。古い話だが、ヤマハで天皇経営者だった故・川上源一氏は、外部から何人もの大物経営者を招聘してきては更迭するということを繰り返した。私に言わせればたちの悪い経営者だった。夢を抱いてクックパッドに着任したであろう岩田新社長の多幸を祈らずにはいられない。
 

(この項 終わり)

2016年4月5日火曜日

クックパッド、創業者 批判ばかりで具体案示せず 上場企業失格 (6)

矜持を示した社外取締役



 穐田氏を社長に招聘してからは、佐野氏は世界展開事業に専念するとして取締役兼執行役についていた。

 株主総会直前の取締役会が3月22日に開かれ、佐野氏が執行役から外された。提言したのは社外取締役だとされる。佐野氏は現経営陣の批判を重ねているが、自らは具体的な方向をはっきり示さないなどの理由で執行役から外された、と報じられている。
 この動きにより、オーナーとしての佐野氏のプライドは大きく傷ついたのではないか。株主総会で多数派を得た直後の取締役会で、自らの執行役としての電撃復帰と穐田氏の社長からの更迭を実現したのだ。後任社長の岩田氏は、佐野氏が招聘してきた、前職がマッキンゼーのパートナー・コンサルタントだ。

(この項 続く)

2016年4月4日月曜日

クックパッド、創業者 批判ばかりで具体案示せず 上場企業失格 (5)

経営者も人間なので、完全であるわけではない。いつも「合目的」的に行動するわけでもないし、試行錯誤をしたり集中を欠いたりして不整合と見える動きをすることは珍しくもない。せっかく招聘した2代目社長がとんでもなく成果を出すと、複雑に思ってしまうオーナーは実は少なくない。

最近の例では、LIXILの藤森義明社長はプロ経営者として立派に職責を果たしていたのだが、創業家の潮田洋一郎氏は藤森氏の退任を実現した。潮田氏は、この公開企業の株式の3%しか保有していないが、オーナー的に振舞っているようだし、遇されている。

 穐田氏采配下のクックパッドは、好調な業績を示していた。15年12月期で年商(連結ベース、以下同じ)は対前年比60%増、営業利益も65%増である。年商は147億円で営業利益は65億円、その営業利益率たるや44.2%という高率を叩き出したばかりだ。

 佐野氏がおもしろく思わなくなった契機のひとつとして、15年5月にみんなのウェディングをTOB(株式公開買い付け)により買収・統合したことだったかもしれない。「料理の分野で伸びていく」としていた佐野氏の範疇を、自身が創った会社が越えていってしまうと感じたのかもしれない。

(この項 続く)

2016年4月3日日曜日

クックパッド、創業者 批判ばかりで具体案示せず 上場企業失格 (4)

公開会社の場合、上記の要件を満たしていれば誰でも株主提案が認められている。それは資本主義では望ましく、健全なシステムといえる。まして最大株主である佐野氏なら、自分の利害(株価の上下、配当の増減)にかかわることなので、何を提案してもいい。

 佐野氏は昨年末よりクックパッドに対して、穐田経営陣の刷新を求める動きをしていたという。年が明け、株主総会に向けて佐野氏自身を社長にするよう株主提案を受けたと同社が発表していた。
 しかしその後、佐野氏側と穐田経営陣の話し合いにより、佐野氏側から複数の役員を出す株主提案とする合意が形成され、騒動は一段落したかに見えた。

創業14年、楽をしようとして穐田氏を2代目に招聘したのか


 クックパッドは1998年に佐野氏によりkitchen@coinとして開設された。その後は順調に発展し、09年にマザーズへ上場し、11年には東証1部に市場変更を果たしている。穐田氏は12年に社長に就任している。前職はカカクコムの2代目社長として辣腕をふるい、同社を成長へ導いた。クックパッドが順調に発展して上場まで果たしたので、佐野氏は少し楽をしようとして穐田氏に譲ったと見ることができる成り行きだ。

(この項 続く)

2016年4月2日土曜日

リーダーズ・ブートキャンプの説明会もある戦略セミナー 4月27日(水)


リーダーズ・ブートキャンプの説明会もある

戦略セミナー(山田修講師)が開かれます。

「繁栄の黄金律と戦略カードで樹てる実践・戦略立案セミナー」

427日(水)16:00と19:00より各2時間(同内容)

リーダーズ・ブートキャンプにご興味のある方は是非ご参加ください。

クックパッド、創業者 批判ばかりで具体案示せず 上場企業失格 (3)

上場会社でも創業経営者がまだ実権を握っている例は珍しくない。株式公開により多数の一般株主が出現して、創業者の持分は数%となってしまったところも珍しくない。ところが、そのような創業社長や創業家社長でも、まるでファミリー企業における“家長社長”のように振舞っている例はいくらでもある。創業者、創業家は社内的にも社会的にも一目も二目も置かれている。

 クックパッドの場合、創業者でもある佐野氏のオーナー意識はとても高いだろう。なぜなら、佐野氏はまだ半数近くの株式を握っているためで、クックパッドの実態はオーナー会社といえよう。

 さて、株主提案権を行使するためには、(1)6カ月前より引き続き総株主の議決権の100分の1以上、または300個以上の議決権を有する株主であること、(2)総会日の8週間前までに行使されることが必要となる。

(この項 続く)