2020年8月1日土曜日

今度は銀座ビル売却の「三陽商会」 従来型のアパレルとオーディオメーカーの共通点 (1)


三陽商会は7月17日、旗艦店である東京・銀座の商業ビル「ギンザ・タイムレス・エイト(GINZA TIMELESS 8)」の売却を発表した。2015年にバーバリーとのライセンス契約を解除されて以来、4期連続で赤字を計上。そこへコロナ禍も加わって、業績回復は遠くなるばかり……。

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 キャメル地に黒、白、赤で構成される独特なチェック柄が特徴のバーバリーは、元々ラグジュアリーブランドとして知られる。ところが、三陽商会は1970年、このブランドとライセンス契約を結んだ。その後、96年に20歳のオードリー・ヘップバーンをイメージした若い女性向けの「バーバリー・ブルーレーベル」を展開。安室奈美恵が愛用したことで爆発的な人気を呼んだ。日本で最も人気の高い外資系ブランドの一つと言っても過言ではない。

 ところが、英国バーバリーが高級化路線を進めるため、三陽商会とのライセンス契約を2015年6月で解除。屋台骨を失った三陽商会は、一気に売上が半減。4期連続で赤字を計上するという窮地に陥ってしまったのだ。


(この項 続く)


2020年6月28日日曜日

子会社売却で「いきなり!ステーキ」に特化 ペッパーフードサービスは再生できるか(3)

「一瀬社長がCMに出て、店の看板にも社長の写真が出ています。こういう会社は、めったにありません。要は、出たがり屋なんですね。派手な経営をやりたがる、猪突猛進タイプの経営者です。ですから、店舗の売り上げがマイナスに転じても、店舗拡大にブレーキがかからなかったのでしょう」
 急速に店舗を拡大したため、従業員教育が間に合わず、接客サービスの低下を招いたとも言われる。それが客離れにつながったという。さらにアメリカ進出も足を引っ張った。
「いきなり!は、17年にアメリカに進出しました。米ナスダックにも上場しています。ステーキの本場に進出して、ナイフとフォークを持ち立って食べるなんて、アメリカ人からすれば違和感があったと思いますよ。だから、全然相手にされずに、すぐに撤退しました。明らかに、マーケティング分析が不足しています。国内の店舗も同様ですね。イケイケドンドンで店舗展開しましたが、店同士が近接したところにあって、客を奪い合っています。消費動向など、しっかり調べたとは思えません。会社の規模が急激に大きくなると、経営管理能力が問われますが、それを補佐する人材が不足していると言わざるを得ませんね」
 ペッパーフードサービスは、今後どうなるか。
「株価が暴落しているので、新株予約権で増資することができません。ペッパーランチを売却して100億円が入っても、一時しのぎにしかならないでしょう。レストラン業界はコロナの影響で、営業を再開しても密をさけるため、客の間隔を倍にしています。当然売上も半分になるわけで、こんな状況下では、いきなり!は立ちゆかなくなる可能性が大きいですね。お先真っ暗とみています」
 お先真っ暗とは、打つ手がないと言われたも同然である。
「将来的には、会社全体がフード系大企業の傘下になるのではないかと思われます。あるいは、ファンドに身売りして、それから他の外食企業の傘下になるかです。一瀬社長は会社を売却することで、創業者利得が入ります。どこの傘下になるかはまだわかりませんが、いろんな業種をどんどん取り込んでいる、甘太郎やかっぱ寿司、フレッシュネスバーガーを展開する『コロワイド』あたりが、狙っているのかもしれませんよ」

(この項 終わり)

2020年6月27日土曜日

子会社売却で「いきなり!ステーキ」に特化 ペッパーフードサービスは再生できるか(2)

ペッパーフードサービスは、18年度は1億2100万円の赤字、19年は約27億円と赤字が拡大している。さらに4月30日、新型コロナウイルスの影響で2020年12月期第1四半期(1~3月)の決算発表の延期を発表した。
「開店から15カ月以上経った店を既存店と言います。『いきなり!ステーキ』の既存店は、昨年の夏から毎月3割以上減り続けているのです。そこへ新型コロナでさらに売上が悪化しました。ペッパーフードサービスの売上は、いきなり!が84・6%を占め、ペッパーランチが13%、残りはレストランや通販になっています。メイン事業のいきなり!は売るわけにいかないので、ペッパーランチの売却を考えたわけですね。実際、今年4月から売却準備を進めていて、ペッパーランチを6月1日に子会社に移しました。売却しやすくするためです」
 ペッパーランチの売却額は、100億円を見込んでいるという。

舵取りを誤る

 なぜここまで赤字が拡大したのか。
「ひとつは、『いきなり!ステーキ』の急速な店舗展開にあります。2013年に1号店を開店し、それから急速に拡大しています。17年末には188店、18年末は397店、19年末は493店と、わずか6年で500店近く増やしています。フード系で500店といえば、大規模チェーン店です。普通は20~30年かけてその規模にします。6年間でこの数は早すぎです。しかも、いきなり!は18年4月から対前年同月比でずっとマイナスが続いているのに、18年は200以上も出店しています。経営の舵取りを誤っていますね」
一瀬邦夫社長はシェフ出身という。
(この項 続く)

2020年6月26日金曜日

子会社売却で「いきなり!ステーキ」に特化 ペッパーフードサービスは再生できるか(1)


「いきなり!ステーキ」オフィシャルサイトより

子会社売却で「いきなり!ステーキ」に特化 ペッパーフードサービスは再生できるか

デイリー新潮2020年6月26日掲載
6月18日、「いきなり!ステーキ」や「ペッパーランチ」を展開するペッパーフードサービスが、ペッパーランチ事業の売却を検討していると報じられた。同社の2019年12月期は、2年連続となる27億円の赤字を計上。さらに、新型コロナで追い打ちをかけるように業績は悪化している。「ペッパーランチ」売却は、起死回生の一手となるか。
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 ペッパーランチ事業売却の報道を受け、ペッパーフードサービスは「決定した事実ではない」とコメントを発表している。
「決定した事実ではないとはいえ、完全否定のコメントではなかったので、19日株式市場は好感して株価が15%上がりました。ところが、22日はまた下がっています。要するにマーケットは、経営回復を信じていないと見ているということでしょう」
 と解説するのは、ビジネス評論家の山田修氏。
「昨年12月期決算の有価証券報告書には、“継続企業への懸念”と監査会社から指摘されました。つまり、倒産の危機があるということです。こういう指摘が出ると、銀行は融資をしてくれません」
 (この項 続く)

2020年6月24日水曜日

赤字60億円の「RIZAP」 3人の大物経営者にも逃げられ、もはや打つ手なし?(3)

「M&Aで有名なのは、日本電産の永守重信会長です。彼はM&Aを行う際、10年以内に元が取れるという指標を設けています。それができない会社は買収すべきじゃないとしています。ところが瀬戸社長は、そんなポリシーはない。手当たり次第に買いまくっていったのです。私の知り合いにM&Aの仲介会社を経営している人がいますが、彼によると、仲介業者から瀬戸会長はいいカモにされていたそうです。彼のところに売り案件を持っていくと、高い確率で買ってくれたといいます」
 そんなに赤字会社をたくさん抱え込んで、今後どうするつもりか。
「赤字会社を売ろうとしても、買った時の値段より安く売れば、その分損益となりますから、売れば売るほど赤字が膨らみます。とはいえ、売らずに所有したままだと、赤字を垂れ流すだけです。どっちに転んでも赤字なわけで、瀬戸社長は非常に難しい立場に来ていますね」
 新興企業のRIZAPには、経営に長けた人材がほとんどいないという。
「瀬戸社長は、経営者としてはまだまだ未熟です。そのため、これまで大物経営者を3人招聘しています。最初はジョンソン&ジョンソン日本法人の社長を務めた経営評論家の新将命氏を、2011年に招きました。新氏が経営セミナーを行っていたところ、聴講していた瀬戸社長がセミナー後、いきなり名刺交換して経営指導をお願いしました。新氏は社外取締役に就任しました。18年の6月には、カルビーを立て直した松本晃氏を招聘しています。松本氏のカルビー退任が報じられると、即日に直接電話を入れて、RIZAPへの協力を求めたのです。松本氏はCOOに就任しました。その際新氏は社外取締役を退任しています。19年6月には、住友商事で副社長を務めた中井戸信秀氏を社外取締役に就任させています」(同)
 しかし、新氏以外の2人も、1年も経たずに辞任している。
「松本氏は、RIZAPの子会社を見て回ったのですが、子会社を“ひっくり返したおもちゃ箱”と評していました。ガラクタばかりという意味です。グループの内情を知って、呆れかえったのです。それですぐにM&Aを凍結させました。彼は就任して4カ月後にはCOOを辞任しています。もう手の打ちようがなかったようですね。自分の名に傷がつくのを恐れてRIZAPから逃げ出したわけですよ」(同)
 中井戸氏も、今年3月に社外取締役を辞任している。大物経営者から逃げられ、RIZAPは今後どうなるのか。
「2021年3月期も赤字だったら、身売りするしかないでしょうね」(同)
 6月29日には、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで株主総会が開かれる。冒頭でも触れたように昨年、瀬戸社長は株主を前にして「今期赤字は絶対にありえない。黒字にならなかったら、この場にいないということだ」と明言した。今年は、“大荒れ”の総会になりそうだ。
(この項 終わり)

2020年6月23日火曜日

赤字60億円の「RIZAP」 3人の大物経営者にも逃げられ、もはや打つ手なし?(2)

「RIZAPは、今年3月期決算の赤字は新型コロナの影響があったと説明していますが、グループ企業全体を調べてみると、ボディメイキングの事業は、19年3月期の売上が413億円。20年3月期は売上が401億円と、業績は決して悪くないのです。では、何が足を引っ張っているかというと、80社以上もある子会社です。子会社のうち、MRKホールディングス、HAPiNS、ジーンズメイト、イデアインターナショナル、ワンダーコーポレーションなど、上場している子会社は業績が回復しています。残りの未上場の子会社70数社の多くが赤字で、回復が難しいと見られています」
 事業を急拡大したことが、アダとなったようだ。

ひっくり返したおもちゃ箱

「RIZAPグループは、ボディメイキングや英会話、ゴルフスクールなどのコーチングだけに特化すればよかったんです。それをIT、CDの販売、アパレルなど畑違いの事業にまで手を出してしまったので、経営が行き詰まってしまったんです」(同)
 なぜ、積極的なM&Aを繰り返したのか。
「赤字会社をその会社の資産より安く買収すれば、安く買った分だけ利益を計上できます。“負ののれん”と言われているもので、見せかけの利益なんですが、決算上は利益になる。瀬戸社長はこれに味をしめて、次々に負ののれんとなる会社を買収していったのです。営業で儲からなくても、M&Aをするだけで利益を計上できるので、急成長したように見せることができるのです」(同)
 通常、企業を割高で買収したときは、のれん代を払うという。瀬戸社長が行ったのはこの逆だった。赤字企業をその資産より安く買収し、利益を計上するので負ののれん、つまり割安購入益となるわけだ。
(この項 続く)

2020年6月22日月曜日

赤字60億円の「RIZAP」 3人の大物経営者にも逃げられ、もはや打つ手なし?(1)

今年の3月期決算で、2年連続となる赤字を計上したRIZAP(ライザップ)グループ。2年半で60社以上ものM&Aを繰り返してきたツケが回ってきたようだ。グループ経営再建のために招聘した3人の大物経営者は次々辞任した。いったい何が起きているのか。
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 RIZAPグループの2019年3月期決算は、純損益が193億円の赤字だった。今年3月期も60億円の赤字と低迷は続いている。さらに、2021年3月期の業績予想は未定というのだ。
 瀬戸健社長がRIZAPグループの前身である「健康コーポレーション」を立ち上げたのは2003年。当時は、豆乳クッキーダイエットを販売する会社だった。12年からボディメイク事業を始め、16年に社名を「RIZAP」に変更、積極的なM&Aを行って事業規模を急拡大させた。16年に20社ほどだった子会社は、18年末には85社まで増えた。
「昨年の3月期決算で193億円の赤字を計上した時、瀬戸社長は株主総会で2020年3月期も赤字になったら社長を辞めると明言していました。ところが、今年3月期決算で60億の赤字になったのに、退任については口を閉ざしています。どうするつもりでしょうか」
 と解説するのは、ビジネス評論家の山田修氏である。同氏は外資系企業4社、日本企業2社の社長を務めたキャリアを持つ。
(この項 続く)

2020年1月9日木曜日

誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(7)

「立ち位置を変える」というのはマーケティングで「ポジショニング」としてよく使われる概念である。前述の「ジャンルトップ戦略」がなんということはない、ランチェスター戦略だったことと合わせて、この会社の経営陣は戦略用語あるいは知識を知らないのか、あるいはあえて気取った言い方を選んでいるのか。

 コニカミノルタについて私が知らなかったことのひとつが、同社の突出したグローバル化である。いまではその年商の約80%、社員の約70%が日本以外だそうである。同社の株式保有も約40%が海外投資家によるものだとか。そんなダイバーシティが進んでいる大組織を率い、ビジネス・システム全体の最適化と経営リソースの最適活用を目指す、と松崎氏は明言していた。

 全体的な印象として、松崎氏は理系の経営者らしく、状況の論理的分析に長け、かつそれを優先度などにより整理して分かりやすく展開できる。教授のようだとした私の第一印象はきっと当たっているのではないか。コニカミノルタのような事業と技術のポートフォリオ、そしてダイバーシティが特徴となった企業では、松崎氏のような経営トップが機能するのかもしれない。

 それにしても、1兆円企業で5年間CEOを務め上げた経営者が、なぜ今さらLIXILのCEO候補として担ぎ出されたのか。それはやはりCEO、経営トップの席に座るというのは「蜜の味」なのだ。

 松崎氏がLIXILの新しい取締役会議長として、瀬戸CEOを強力に補佐して同社の発展に貢献していただくことを望む。

(この項 終わり)

2020年1月8日水曜日

誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(6)

講演で松崎氏は「業界外の技術進歩により当社のビジネス構造が変革された」と述べたが、それに対する大きな対処は、実は松崎氏以前に始まっていたようだ。

「当社は、ポスト銀塩フィルム、ポスト・カメラ時代の施策として独自路線、すなわち『ジャンルトップ戦略』を採用している」(松崎氏)

 同社の歴史を紐解くと、同社のサバイバルを担保した「ジャンルトップ戦略」は松崎氏の前任CEOだった太田義勝氏のリーダーシップによるものらしい。ちなみに、「ジャンルトップ戦略」とは、松崎氏の話を聞いた限りではランチェスター戦略の援用と私には思えた。つまり正しい戦略を選択したな、と思ったわけである。

 変革期に底に沈むようなことなく「停滞期」を乗り越えると、13年からの「躍進期」を松崎CEOが主導したようだ。

整理する理系経営者



 松崎氏は、「09年のCEO着任の前、08年にリーマンショックがあった。あの状況下で、当社が持続的に成長するためには何を優先するか」を考え抜いたという。そしてたどり着いた3つの結論があったという。

「継続的なイノベーション、社会の発展に寄与する、そして企業価値を増進する」というものである。前述の「ジャンルトップ戦略」と合わせて、これらの原則によって同社は「事業の立ち位置」を変えて現在前に進んでいるそうだ。

 松崎氏の説明によれば、同社の主要成長事業である光学事業とヘルスケア事業でも、そのビジネス内容での変革を主導しているとのこと、すなわち「立ち位置を変えている」とのことだった。

「立ち位置を変える」というのは

(この項 続く)

2020年1月7日火曜日

誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(5)

両社を統合まで追い込んだ新技術はデジタルカメラだった。デジカメの出現、そして普及により銀塩フィルムを使っていた従来型カメラの需要は限りなく減少し、両者のマーケットは壊滅したわけだ。コニカミノルタは、前身2社の主要ビジネスだった銀塩フィルムとカメラの両方から06年に撤退している。

 ある産業でそれまで勝ち組だった企業が、新技術の出現にもかかわらずその領域に参入することなく敗退していく現象は、「イノベーションのジレンマ」として知られている。コニカミノルタにおける銀塩フィルムとカメラの両ビジネスは、まさにこの「イノベーションのジレンマ」により敗退していったのである。

 銀塩フィルムの主要プレイヤーで生き残った優良事例としてよく知られているのが、富士フイルムだ。富士フイルムでは、古森重隆会長の先見の明と強いリーダーシップにより業態の完全な入れ替えに成功して、その後の急成長を実現している。同社のように「企業ドメイン(ビジネスを展開する領域)」を変革する例は「転地経営」ともよばれる。

 コニカミノルタの場合は、富士フイルムの事例ほど転身を華麗に果たしたわけではない。しかし、同じ領域ではアメリカのコダックの例もあった。コダックはアメリカにおいて「ブルーチップ(優良企業)」の代表例とも謳われていたが、「イノベーションのジレンマ」の前に為すすべなく、マーケットから退場していった。

 富士フイルムの場合を例外的な成功例と見れば、「あのコダックも倒産したビジネス状況下で」コニカミノルタが生存を続け、曲がりなりにも年商を拡大しているのは実は驚異的なこととも評価できる。この状況を「コニカミノルタの奇跡」と呼ぶならば、その奇跡は果たして松崎前CEOがもたらしたといってよいのだろうか。

(この項 続く)

2020年1月6日月曜日

誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(4)

株式市場の評価も業績の推移とほぼ同様だった。CEO就任直前の09年6月5日の同社の株価はその年の高値、1,077円だった。そして退任直後の14年5月23日には885円と就任時より2割以上下落している。皮肉なことに、松崎氏がCEOを退任すると15年5月29日は1,568円という同年高値が出ている。

 栗木契神戸大学大学院経営学研究科教授は、同社の09年から12年までを「停滞期」と評する一方、13年、14年は「躍進期」だとしている(19年6月26日付PRESIDENT Online『7年で約2倍コニカミノルタ欧州の大成長 リポジショニングで新顧客を開拓』より)。

「イノベーションのジレンマ」の洗礼からの立て直し



 松崎CEO時代のコニカミノルタの業績は、成長という観点からは見るべきものがない。しかし、この会社の場合、「成長」以上に重要な経営要素がこの時期に存在した。それは企業としての「生存」そのものだった。

 コニカミノルタは03年にコニカとミノルタが経営統合して発足した(当時の社名はコニカミノルタホールディングス)。コニカの主要ビジネスはカメラ用銀塩フィルム、ミノルタはカメラ・メーカーの雄だった。ところがこの両社とも、統合の前からある新技術によって業績を急激に落としてきていた。

(この項 続く)

2020年1月5日日曜日

誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(3)

コニカミノルタでのCEOとしての実績は平板



 過日の講演で初めて拝見した松崎氏の印象は、私が想像していたような経営者像とは違った。修羅場を買って出るような、パワフルでエネルギッシュ、脂ぎったような生臭さを感じさせないご容貌であり、お話しぶりだった。

 松崎氏が取締役会議長を務めているコニカミノルタは、2003年にコニカとミノルタが合併して誕生した。同氏はコニカの前身、小西六工業に新卒入社した、プロパー従業員経営者だった。東京工業大学院で電子化学を専攻していた理系の経営者らしく、ロジカルな話の展開、ビジネス事象への分析的なアプローチ、そして明晰な説明が、その端正な風貌と相まって、精力的な剛腕経営者というより大学の教授が登壇しているような印象を与えていたのである。

 松崎氏の経営者としての通信簿を振り返ってみたい。松崎氏は14年にコニカミノルタの取締役会議長になるまで、09年から同社のCEO社長を務めていた。09年3月期、つまり「松崎CEO直前」の同社の年商は9,478億円、経常利益は454億円だった。一方、「松崎CEO直後」である15年3月期の年商は1兆28億円、経常利益は599億円だった。在任6年間で年商は5.8%、経常利益は31.9%の伸びである、というかそれしかない。いわゆる「中興の祖」的な業績飛躍はなかった。

 

(この項 続く)

2020年1月4日土曜日

誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(2)

すると、会社側も8名の取締役候補を立てて瀬戸氏に対抗してきたのである。当時の会社側というのは潮田氏側に近いと目されていて、いわば「体制派」あるいは「守旧派」と解されていた。そのなかに、というか中心的人物として松崎氏が登場したわけだ。

 潮田氏は瀬戸氏側の反撃などがあって、株主総会を待たず自らCEOを降板したが、与党的な取締役会を組織して院政経営を敷くのではないかとの推測もされていた。会社側の取締役候補となることは、潮田氏の「傀儡政権」と見られる恐れがあった。そんな構図のなかで瀬戸氏への対抗馬として、あえて会社側から擁立される著名経営者が出現したことに私は興味を抱いた。「いったい、どんな了見で」と、素朴に思ったものだ。

 LIXILの株主総会では瀬戸氏側が勝利してCEOに復帰し、松崎氏は取締役会議長に収まった。両者が手打ちをしたようなかたちでLIXILの経営は始まっている。

 新体制におけるLIXILの業績推移にも興味が持たれるが、私は担ぎ出されて登場した松崎氏に興味があり、注目していた。先日とある会で松崎氏が講演をするというので、そのご尊顔を初めて拝むことができた。同氏についての私なりの印象と、松崎氏のコニカミノルタでの経営実績を評してみたい。

(この項 続く)

2020年1月3日金曜日

誰も知らない「コニカミノルタの奇跡」…企業消滅の危機乗り越え、超グローバル企業に変身(1)

コニカミノルタジャパンが所在する浜松町ビルディング
(「Wikipedia」より/Lover of Romance)


松崎正年コニカミノルタ取締役会議長は今年6月、LIXILの株主総会が行われる直前に新取締役候補として会社側から推挙された。会社側が選定した候補が取締役会で多数を占めれば、新CEOに就任するとも目され注目を浴びた経営者だ。

 松崎氏はコニカミノルタではどのような経営実績を上げ、どのような経営スタイルをとっていたのだろうか。松崎氏の話を聞く機会があったので、振り返ってみた。すると、業績としては突出したものはなかったが、企業の変革期にあって堅実な手綱さばきを見せ、コニカミノルタの事業ポートフォリオの組み替えに成功したことが見て取れた。

LIXILのお家騒動に担ぎ出された著名経営者


株主総会の季節である6月、今年最大の話題というか騒動が、LIXILでの取締役選任争いだった。それに先立ち、LIXILの創業家で元CEOの潮田洋一郎氏による瀬戸欣哉CEO解任が不当だったと私は評論してきた。瀬戸氏はカムバックを目指し、6月の株主総会に向けて自身を含む8名の取締役候補を選定して、株主及び社会に対して自陣営の正当性と支持を訴えていた。

(この項 続く)