2017年4月26日水曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(5)

新浪氏の転出に伴い、ローソンの筆頭株主だった三菱商事は自社から後任社長を出そうという意向だったが、新浪氏が自らのシナリオに沿って強く玉塚氏を推挙したとされる。フランチャイズ・システムであるローソンにとって、後継社長は店舗オーナーに受けのよい人間力を持っている玉塚氏を最初から考えていたのだ。

キングになれなかったプリンス



 前述のような玉塚氏の華麗な転進の連続を、今回以下のように評する声もある。

「まるで楕円のラグビーボールのように活躍の舞台は転々とし、そしてローソンの社長に就任した。それから3年、玉塚氏はローソン顧問となり経営の一線から退く。『みんなのローソン』は完成したのだろうか」(『「みんなのローソン」未完 玉塚氏にノーサイド』<4月12日付日本経済新聞ウェブ版記事>)

「『みんなのローソン』にしていく」とは、玉塚氏がローソン社長に就任した14年に宣言した言葉だ。「17年度には連結営業利益1000億円を目指す」(14年3月24日社長交代会見)ともしていた。しかし、17年2月期は737億円で終わった。仕上げていない。

(この項 続く)

2017年4月25日火曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(4)

大学卒業後のキャリアをみてみても、旭硝子から米国留学を経て日本IBMに転職、ここまでは平のサラリーマンだが、ファーストリテイリングの柳井正社長に見込まれて同社に参画、やがて02年に40歳で柳井氏の後継として社長に登用された。

しかし、05年には更迭されて同社を離れ、企業再生のリヴァンプを澤田貴司氏(現ファミリーマート社長)と創業して共同代表を務めた。

 そして10年に玉塚氏をローソンに招聘したのは、同社の新浪剛史社長(当時)だった。三菱商事から転籍してきた新浪氏は、ローソンで辣腕を振るい、カリスマ経営者として君臨していた。

 14年5月に新浪氏が会長に退き、玉塚氏が社長に就任するという人事が発表されたとき、私はそれを新浪氏が外部に転出するための準備だと予言した。果たしてそのすぐ後、6月に新浪氏のサントリー社長への転進が発表された。そもそも新浪氏が玉塚氏をローソンに招聘した時には、すでにサントリーへの転出を見据えてのことだった、とも評論した(14年11月24日付本サイト記事『サントリー新浪社長、就任まで4年越しの深慮遠謀』)。

(この項 続く)

2017年4月24日月曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(3)

私の分析に、後になって玉塚氏自身の認識が追いついたのではないか。玉塚氏が辞表を叩きつけるべきタイミングは、本当は昨年9月だったのではないか。育ちのよさは人を鷹揚にさせるのかもしれない。

 経営者としての玉塚氏のファンは多い。幼稚舎から大学まで慶應義塾という育ちのよさと、大学ではラグビー部のキャプテンを務めて、学生選手権や全日本で活躍した。

「ラグビーで鍛えた堂々たる体躯。身長は181センチ。甘いマスク。誰とでも一瞬にして打ち解けることができる。それが玉塚の最高のスキルである」(「週刊東洋経済」<東洋経済新報社/14年11月22号>より)

こう評された人間的な魅力などにより、その去就がいつもマスコミで報道されるスター経営者だった。


(この項 続く)

2017年4月23日日曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(2)

華麗な経歴、スター経営者・玉塚元一


12日の退任会見で、退任を考えたのはいつ頃かと問われた玉塚氏は、「今年の2月末ぐらいから。ちょうど三菱商事によるTOB(株式公開買い付け)が成立した直後というタイミングだった」と答えている。しかしTOBを行うことは、2016年9月に発表されていた。その時点でローソン株の33.4%を有していた筆頭株主の三菱商事が、さらに50%超まで株を公開で買い付けるという内容だ。

 その意図について私は当時、本連載記事で以下のように解説していた。

「私はずばり、玉塚元一会長CEO(最高経営責任者)への不信任の徹底ということにあるとみる。別の見方をすれば、6月に玉塚元社長が会長に上がったときに新社長COO(最高執行責任者)に就任した、三菱商事出身の竹増貞信氏への経営権集中ということだ」(2016年10月2日付記事『コンビニ、2強生き残りかけ最終戦争突入…ローソン、玉塚氏排除で三菱商事が直接経営』)

(この項 続く)

2017年4月22日土曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(1)

Wikipediaより
4月12日の夜に、外資系企業の元経営者で著名な方からメールをいただいた。

「ネット情報によると、ローソンの玉塚さんが罷免されたようですね。」

 改めてニュースを見てみると、同社の玉塚元一会長が12日に開かれた取締役会で自ら退任を申し出たということで、罷免ということではない。5月30日の株主総会で正式に会長職と取締役を解かれて顧問に就任する、ということだ。

 しかし、退任という情報が誤って「罷免」として経営者仲間を駆け巡ったのは、それが突然のことであり、ローソンにおける玉塚経営への評価があったからのように思われる。


(この項 続く)

2017年4月21日金曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(8)

東芝の途をたどるのか



 中期的にニコンには、現在東芝に起きているようなことが起きるだろう。

 全事業のなかで唯一しっかり黒字を出しているのが、FPD露光装置である。東芝が虎の子の半導体事業の売却に動いているように、ニコンも数年するとこの部門を売却せざるを得ない場面がくるだろう。

 半導体露光装置からは、早晩撤退せざるを得ない。そしてその時に牛田社長が責任を取らなければ、会社としてのガバナンス体制が問われることになる。

 映像事業(主としてカメラ)は、いわば一眼レフ部門に逃げ込んで、一部のファンからの強い支持を受け続けることができるかもしれない。しかしその場合でも、17年3月期3,800億円と予想されるこの分野での年商も1,000億円を下回ることになる。
 結局、7,500億円の年商規模(17年3月期予想)のニコンが、会社全体として年商1,000億円に届かない会社になるシナリオである。その場合、社員数も7分の1にしないと、存続する算数が合わなくなる。

 名門企業に対してなんたる予想か、といわれるだろうが、カメラ業界を見渡せば、コニカはミノルタに合併され、そのコニカミノルタは06年にカメラから撤退した。ヤシカという会社は、今はない。京セラも05年にはカメラから撤退している。

 デジタルカメラの出現が銀塩フィルムのメーカーを駆逐し、今度はスマートフォンが出現したことにより、カメラ業界全体が淘汰されようとしている。クレイトン・クリステンセン博士が提唱した「イノベーションのジレンマ」現象がリアル・タイムで進行しているのだ。

(この項 終わり)

2017年4月20日木曜日

『残念な経営者誇れる経営者』 ランキング2位に

ブックエキスプレスは、JRが駅構内で展開している書店チェーン。大規模書店のひとつ。

4月20日(木)、新宿駅南口駅構内の同書店を見たら、拙著が「ビジネス書2位」として、写真のように掲出されていた。

昨日19日(水)は日本経済新聞朝刊に同書の広告が出たが、初めて私の顔写真があしらわれた。何かくすぐったいような気がする。

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(7)

 まずコンパクト・デジタルカメラの分野では、もう負け戦だ。前述したように、2月に投入予定していた新機種3種の発売を中止してしまった。

 次に3分野のなかで唯一市場が伸びているミラーレス・カメラでは、富士フイルムが1月に意欲的な新商品「FUJIFILM GFX50S」をリリースしている。同社の古森重隆会長は、次のように強い意欲を表明している。

「『デジタルカメラ市場の主役が、35ミリ一眼レフカメラからミラーレスに代わる歴史的な転換点だった』と後に言われるようにする、という決意表明です」(「週刊ダイヤモンド」<ダイヤモンド社/4月4日号>より)

 ニコンは結局カメラ・メーカーとしても、一眼レフ分野での特殊な高級機種メーカーとして名を残すだけであろう。フィルムの場合、富士フイルムにおけるコダックとの大きな違いは、強力なリーダーシップを持っていた古森重隆社長(当時、現会長兼CEO)の存在があった。そしてその古森社長が喚起に成功した全社的な危機意識である。

そんな経営者と組織にみなぎる危機意識が、ニコンには見当たらない。

(この項 続く)

2017年4月19日水曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(6)

コダックになるのか、富士フイルムになるのか



 ニコンの年商7,500億円のうち、映像事業は3,800億円を占めている(いずれも17年3月期予想)。ニコンはまだかろうじて半分強をカメラで稼いでいる会社だ。

 カメラ業界におけるこの20年間の技術革新は、関連する大企業をも巻き込み、勢力図の大きな変化を引き起こしてきた。

 デジタルカメラの導入により銀塩フィルム・メーカーは総崩れとなり、世界的な優良メーカーだったコダックは倒産し、一方の雄だった富士フイルムはその事業ポートフォリオをすっかり刷新して盛業してきている。フィルム・メーカーのそんな変遷を私は「イノベーションのジレンマ」セオリーで解説し、デジタルカメラがこの場合「破壊的技術」だとしてきた。

 今回、カメラ全体に対しての「破壊的技術」として台頭してきたのが、もちろんスマートフォンである。

 代表的なカメラメーカーであるニコンのカメラ製品ポートフォリオは、大きく3つある。コンパクト・デジタルカメラ、ミラーレス・カメラ、そして一眼レフカメラである。これら3つの分野でニコンはすでに第1位のシェア・ホルダーではない。

スマートフォンの挑戦にさらされているニコンは、この3分野のそれぞれで、どう戦おうとしているだろうか。
 
(この項 続く)

2017年4月18日火曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(5)

16年11月に同社は、中期経営計画の「破棄」を発表した。ところが、それを制定したのが15年5月だというのだから、わずか1年半で尻尾を巻いたといわれても仕方がないだろう。

牛田社長は14年6月から現職にあるから、経営者として完全に責任を問われることになる。この「破棄」と同時に希望退職者の募集に踏み切ったところ、1000人の募集に対し想定を超える1143人が応募した。難破船から鼠が逃げ出すような状況だ。

 17年3月期の業績についても、すでに3回も修正を発表している。3回とも下方修正である。自社のオペレーションもしっかり把握していない。

牛田社長のこれらの「実績」は、野球の打者でいえば「3ストライクでバッターアウト」ということではないだろうか。

(この項 続く)

2017年4月17日月曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(4)

というのは、半導体露光装置はオランダのASML社が現在9割の世界シェアを握り、ニコンのそれは1割にも満たない。

 もしこの分野への開発投資が恐ろしく減り、それが外部からも見通せるような組織構造になっていれば、ニコンの半導体装置事業は終焉したと顧客や市場からみなされるだろう。それを見えにくくする効果が、設計部門の他部門との集約にはあるのだ。


牛田社長は三振した



 現社長の牛田一雄氏は、ニコンの半導体露光装置を開発、一時は世界のトップシェアを握るまでにした技術功労者だ。だから、経営戦略のことはわからない人なのではないか。

ASML社の方式はEUV(極端紫外線)露光というものだが、牛田社長はそれとは異なるArF(フッ化アルゴン)液浸露光という同社の既存技術の延長で勝負を選んだ。

「今ある技術に狙いを定め、主力部隊を一点に集中して戦う戦略を選んだ。半導体の微細化で、今視野に入る一番先端までは、ArF液浸で達成できる自信がある。判断にブレはなかった」(「プレジデント」<プレジデント社/2014年9月1日号>より)

 牛田社長は3年前に語っているが、その結果が今の状況だ。
 

(この項 続く)

2017年4月16日日曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(3)

実はニコンは、100周年を記念して大型製品をリリースするどころか、去る2月に高級コンパクト・デジタルカメラ「DLシリーズ」3機種の発売中止を発表している。およそ、B-to-Cの企業で新製品を投入し続けないトップ・メーカーなど聞いたことがない。

 そして「弔」の発表だと私が見るのが、光学事業の開発部門の集約だ。光学事業の設計部門の集約という今回の組織変更には、説得力がない。

ニコンの主要事業は3つある。カメラ(17年3月期の予想売上3,800億円、対前年比27%減)、半導体露光装置と液晶/有機ELディスプレイ向けのFPD露光装置だ(合計して同2,480億円、同39%増、ただし増のほとんどは後者)。そのほかにメディカル事業は同190億円で、60億円の赤字予想と、まだ海のものとも山のものともわからない。

ニコンではこれらの事業を、製品事業部制をとって運営している。そのなかで、設計という特定の機能部門だけを集約するというのは、組織体制的には不自然なことなのだ。今回の変更は、大不調である半導体露光装置の開発費を見えにくくしようとする意図であるようにみえる。

(この項 続く)

2017年4月15日土曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(2)

そのほかの新製品「D500 100周年記念モデル」は、1999年に誕生した同社のDXフォーマット一眼レフのレプリカ。これは撮影できる。ただし、当たり前だが新しい機能があるわけではない。

「D5 100周年記念モデル」も59年にデビューした、当時のニコンのフラッグシップ一眼レフのレプリカ。

 そして、そのほかに発表された記念製品を見て、私は失望した。特に、一眼レフの分野で最高峰といわれたメーカーの100周年を記念する製品群の発表である。画期的な新製品、新技術の発表がまったくなく、ただ過去の主要製品のレプリカを少量再生産してお茶を濁している。あの先進的な一流企業のイメージにまったくそぐわない。

 ニコンも、きっと臍を噛むような思いがあったのだろう、これらの記念製品発表は同社の「創立100周年記念サイト」上での発表で、実際に会見して披露されたわけではない。

(この項 続く)

2017年4月14日金曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(1)

ニコン本社
一眼レフカメラの世界的大手ニコンが4月3日に“慶弔両方”の発表を行った。「慶」のほうの発表は、同社の100周年記念製品の発表だ。「弔」の発表とは、光学事業の設計事業を集約するということだ。

 カメラ業界にあって名声をほしいままにしてきたニコンは、現在重要な戦略的岐路に立たされており、私の分析では例えば10年後に存続が疑われるような可能性も出てきた。


100周年に新製品を出せないトップ企業とは


ニコンは1917年に岩崎小彌太の個人出資により、日本光學工業株式會社として設立された、三菱グループの中でも名門企業の一つだ。その同社が100周年を記念して発表した製品は、「名機」と呼ばれたニコンFをモチーフにした2分の1サイズのメタルダイキャストミニチュア。一部パーツは動くが、机の上の置物だ。

(この項 続く)


2017年4月13日木曜日

『間違いだらけのビジネス戦略』台湾で中国語出版

一昨年に上梓した『間違いだらけのビジネス戦略』(山田修、クロスメディアパブリッシング)が
台湾で中国語に翻訳、発刊される。

拙著は何冊かが中国語および韓国で翻訳刊行されている。英訳されたものはまだない。

2017年4月12日水曜日

『残念な経営者 誇れる経営者』刊行! 出版記念特別講演会を6月に

今週、ついに新刊『残念な経営者 誇れる経営者』(ぱる出版)が刊行された。
アマゾン

「残念な経営者」としたように、第1章では「2016経営者残念大賞」を3人の経営者に認定、贈呈した。また数人を番外として顕彰(?)させてもらった。

「残念」だけでは片手落ちなので、「誇れる経営者」も章を立てて何人かその事跡を振り返った。

出版記念講演会
【「こうすれば
勝ち残れる経営戦略が立てられる!」
リーダーズブートキャンプ第3期 説明会つき】
山田修 特別講演会
第1回 2017年6月8日 (木) 15:00-16:45
第2回 2017年6月13日(火) 15:00-16:45
 (同内容)

2017年4月11日火曜日

リーダーズブートキャンプ、第2期 第4講 活発に(3)

私が教えたのは、前回からの続きの「組織戦略」と、「戦略セオリー論」。

前者は一般セオリーに加えて、私が遭遇実践した組織変革事例を説明。後者は、この日はポーター、クリステンセン、ブルーオーシャンなどを批判的に紹介した。

特別講義は箱田忠明先生。外部からもOBが参加して、熱心に聴講。「社長のためのプレゼンテーション」で、短時間のうちに参加者たちの話し方、発表の仕方に大きな影響と改善を与えてくれた。とても感心。

戦略策定をしている参加者は、この日で第1回目の途中(「目標」「重要課題」ステップ)小グループ発表を終了した。次講から順次第2回目の発表に入る。

(この項 終わり)

2017年4月10日月曜日

リーダーズブートキャンプ、第2期 第4講 活発に(2)

日本電産の経営術についての解説も面白かったが、本書の白眉は著者が開発した「2面パレート図分析」だろう。

パレート図が一つだけだったら、従来のABC分析だが、「売り上げ」と「利益」あるいは「コスト」といった2種類の指標を上下に貼り付けているところが新鮮で、しかも有効だ。

難点は、エクセルでこの二つのグラフがかけないこと。軸をあわせて二つのチャートを張り合わせるしかない。

4月8日(土)のクラスで私が担当したのは、、、

(この項 続く)

2017年4月9日日曜日

リーダーズブートキャンプ、第2期 第4講 活発に(1)

リーダーズブートキャンプのクラスが4月8日(土)に。今期の第4講で、ちょうど中日だ。

九州から来ている社長さんも含め、全員顔を揃えてくれて、熱心に展開。

課題図書は、1冊目の『日本電産流V字回復経営の教科書』(川勝宣昭、東洋経済新報社)をクラス読了した。

3講に渡って、5名に手分けして報告してもらいクラス討議した。大成功している日本電産の経営を学びたい、ということで前社員で今はコンサルをしている著者の情報開示と分析に期待した。

(この項 続く)

アマゾン・デリバリーがやってくる(8)

アマゾンは自ら集荷車を仕立てて、出版社から本を集配して自社の巨大倉庫に搬入するという。それも今秋には開始する。

アマゾンの巨大倉庫といえば、商品をピックアップするロボットが作業者のところまで商品を棚ごと持ってきてくれるという先鋭さだ。

 インバウンドで本を集配する仕組みを発足させるのなら、アウトバウンドで荷物を出す-自ら宅配まで終了する、というところまではすぐに絵図が描けるだろう。アマゾンほどの巨大企業なら、中堅の物流会社をM&A(合併・買収)して始めることも可能だろうが、きっと驚くべく革新的なサービス・モデルを引っさげて始めると思うので、自社展開をする可能性が大きいと私は見る。

 今、起きていないからといって荒唐無稽な話だと思わないでほしい。ヨドバシカメラはe通販部門の売り上げが年商1000億円を超えようとしているが、すべて自社配送である。

(この項 終わり)

2017年4月8日土曜日

アマゾン・デリバリーがやってくる(7)

私は、いずれアマゾン・デリバリーが始まると断言する。戦略構造的には平仄が合う話である。

 まず、アマゾンのビジネス規模だ。現在で年間3億個という宅配便の個数が発生している。アマゾンやネット産業の成長を考えれば、それはいずれ年間5億個を達成するだろう。

 現在宅配便最大手であるヤマトは、年間取り扱い個数12億個といわれる。ヤマトはアマゾンが離れれば年間9億個となる。アマゾンがヤマトを離れて自分で物流を始めれば、いきなりヤマトの半分の規模の巨大物流会社が誕生する。

 次にアマゾンという会社の革新性だ。そもそも書籍のネット通販を世界で初めて開始して、今の巨大ビジネスに至っている。多くの日本人には知られていなかったドローンで宅配を始める、その実際の実験映像を見て度肝を抜かれたのは数年前のことだが、今ではアメリカで実用化の段階に入っている。

 実際、本稿を記している3月22日付日本経済新聞夕刊で「アマゾン、本を直接集配」という報道がなされた。私からしたら、「やっぱり!」ということだった。
 
(この項 続く)

2017年4月7日金曜日

アマゾン・デリバリーがやってくる(6)

同記事で「取り扱い単価約250円といわれるアマゾン荷物を500円に値上げすればコトは解決する(ヤマトの取り扱い平均単価は570円程度ともいわれる)」と、指摘した。電通の社長辞任という事態を見聞したヤマト経営陣が、取り扱い返上を覚悟で交渉すれば、他に容易に引き受け手がないだろう、宅配最大手顧客のアマゾンはそれを飲まざるを得ない。

ヤマトホールディングスの山内雅喜社長も
「分かりやすく言うと、取引がなくなるという形もあるだろうと考えている」(3月23日朝日新聞)
と、腹をくくったようだ。

 どれだけの値上げで落ち着くかは今後の両社の交渉による。しかし、いずれにせよアマゾンにとっては、それは煮え湯を飲まされるような体験となる。すなわち、最大のネット通販会社であるアマゾンにとって、物流コストはコストとして最大のものであろうし、何よりそれをサービサー(サービス提供会社)によって規定されるということになれば、利益確定における経営の大きな意思決定を外部に握られてしまっている、ということだ。

 私は、いずれアマゾン・デリバリーが始まると断言する。

(この項 続く)

2017年4月6日木曜日

アマゾン・デリバリーがやってくる(5)

アマゾンを返上した佐川は業績を急回復。ヤマトはアマゾンのために利益急減、社員は過酷な労働へ。「利益なき繁忙」に至っている。

 私は3月8日付本連載記事『ヤマト、業績悪化&運転手パンクの元凶・アマゾンと取引中止すべき』でも指摘したが、ヤマトで起こっているのは根本的なキャパシティ(取り扱い限界)の問題だ。そして、それは宅配方法を改善したり、消費者向けを含む全体的な価格値上げなどで改善できる規模ではない。

 ヤマトにとっての最大顧客であるアマゾン対策によって事態は解決できるし、引き受けている配達個数年間3億個といわれるアマゾンからの依頼荷物の取り扱い方針いかんなのだ。

いずれアマゾン・デリバリーが始まる


(この項 続く)

2017年4月5日水曜日

アマゾン・デリバリーがやってくる(4)

宅配のやり方を改善しても、コトは解決しない



 一方、宅配サービスの業務改善としては、時間帯指定サービスを見直し、繁忙期にはアマゾンなど大口顧客の荷物の総量を抑制するなどで妥結した。

 しかし、この施策では宅配サービス、特にヤマトが直面している過重な荷物の取り扱いの解決にはならない。一般的に、企業はオペレーション(仕事のやり方)の改善で得られる効果は年数%が限界。今回の改善策でも効率的にはその程度だろう。

 抜本的な改善には、最大顧客であるアマゾンを返上すること。ヤマトの問題は、宅配サービス業界の一般的な問題ではない、その証拠に佐川急便もヨドバシカメラもうまくやっている。

 2013年に佐川急便がアマゾンを返上したとき、当時のヤマト社長が「佐川と同じ条件でアマゾンを獲得した」と、社内で得意顔に発表して、セールスドライバーの大反発を買った。

(この項 続く)

2017年4月4日火曜日

アマゾン・デリバリーがやってくる(3)

今回の合意で、社員の労働時間については、退社から出社まで10時間以上空ける「インターバル制度」を10月から導入し、賃上げはベースアップと定期昇給分を含め平均6338円とすることとなった。

 では、これらの改善策が妥当なのか。

 セールスドライバーの過酷な労働状況からみて、おおむね妥当であろう。一人平均6338円の賃上げは前年(5024円)に比べ引き上げ幅は拡大した。事務員を含めた基本給の引き上げ(ベースアップ)は814円と前年(1715円)を下回るが、その分を集荷・配達を担うドライバーへ重点的に配分する。集荷・配達個数やサイズなどに応じて付与されるインセンティブを2621円(前年は1049円)引き上げる。

それよりも実質的には今まで支払われていなかったサービス残業分の賃金が、きちんと支給される体制の確保が重要。それが確保できれば、さらに待遇面(報酬)が改善される。日本のドライバーの平均年収は388万円、全産業の同489万円より2割も低い。しかも激務だ。

(この項 続く)

2017年4月3日月曜日

アマゾン・デリバリーがやってくる(2)

時間帯サービスを限定し荷物も総量規制へ


3月16日にヤマトの労使が合意したのは、ドライバーの労働条件の改善と、宅配サービス方法の改定の2点に大別される。


 これらの点に焦点が当てられるようになったきっかけは、昨年暮れに横浜北労働基準監督署から、労使協定を超える時間外労働があったとして労働基準法違反で是正勧告を受けていたことにある。実は昨年8月にも元ドライバー数人に対する未払い賃金があったとして、同労基署から是正勧告を受けていた。


 ヤマト運輸の経営陣がこの勧告を真摯に受け止めたのは、なんといっても同じく昨年暮れに世間を騒がせた電通と同様の問題だからであろう。石井直・元電通社長には、昨年12月28日付本連載記事『電通の企業文化を体現する石井社長、社員過労死連発への責任感ゼロ』で「2016年経営者残念大賞」のグランプリに認定させてもらった。

同記事掲載日の夕に、石井氏は社長退任を発表した。

(この項 続く)

2017年4月2日日曜日

アマゾン・デリバリーがやってくる(1)

ヤマト運輸が労働組合と交渉を持って、現在の宅配便サービスを見直すことや労働条件の改善について3月16日に妥結した。

翌週21日に、テレビ番組がこの問題を取り上げて私にコメントを求めてきたので、出演して15分ほど見解を述べた。

 ヤマト運輸の宅配サービスが限界に来ているが、同社が抱える問題は、内部的な業務遂行方法の改善や労働条件の改善では解決できない。問題を解決できるかどうかは、同社にとっての最大顧客であるアマゾンをどうするか、にかかっている。

そしてアマゾンは、いずれ独自の配送網を展開していくだろう。すなわち「アマゾン・デリバリー社」(私の仮称)を始めるのだ。

(この項 続く)

2017年4月1日土曜日

【株主総会を徹底取材!】 大塚家具、久美子社長の「経営失敗」で過去最悪の赤字…「購入する客」激減、社長退任要求も (8)

しかし、会社の基本となるポジショニングをはっきり市場に向かって発信できなかったこと、そして誤解があったとしてもそれを訂正できていないことは、大きな問題だ。会社側からのメッセージによって来店する顧客セグメントは移っていくし、16年度を見ればその母数が減ってしまっている。戦略の失敗といえるだろう。

事態は楽観を許さない



 株主からのほかの質問としては、減り続けるキャッシュ・ポジションや積立金の取り崩しなどについての心配もあった。しかし、全体的には「久美子社長がんばれ」という応援的なムードが横溢していて、前述20年来の個人株主が久美子社長へのエールを5分以上にわたって披瀝したときは、久美子社長が涙ぐみそうなっていたと私には見えたし、この発言が終わると大きな拍手が起きた。

 さて、20年来ではない株主の私としては「現経営陣の安泰は、社業の安泰を意味しない」という、シビアなものだ。その意味でISSの助言に組する立場である。

 大塚家具の経営問題は、父娘対決で話題となってから2年を過ぎて、世間の興味はもう低くなったと私は思っていた。ところが総会を出てきた私は、待ち構えていた報道陣に囲まれ、結局2つのテレビ局と主要経済紙から取材を受けることになった。

 大塚家具への世間の興味は続いている。久美子社長、いよいよ正念場の年となっている。

(この項 終わり)