2018年8月16日木曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(10)

・Production (製造)


 マーケティングの4Pには入っていない5つ目のPの経営要素を見ておく。

まず、ゾゾスーツによるオーダー・スーツの受注方式は、ファッション業界では画期的だ。ビジネスモデルとしてデル・コンピュータの初期参入と同じである。つまり、ネットでオーダーを取ってから組み立てる(製造する)。個別生産であり、在庫を持つ必要がない。そのため、利益率は大きく伸張する、というモデルだ。そしてこの方式で大量受注を目指しているところに、従来のファッション・ビジネスにはないビジネスモデル・イノベーションがある。

 一方ファーストリティリングの柳井正会長兼社長は、何回かゾゾスーツのことを「あれはおもちゃだ」(2017年12月付日本経済新聞、18年7月付同紙より)としている。そして、「ZOZOTOWNは製造の経験がない」とも指摘していた。

 確かに、スタートトゥディは流通会社であり、自社の製造施設を持っていない。現状、オーダー・スーツの製造はすべて外部委託となっているはずだ。そうすると、受注量が増えていくにつれ、製造委託先を増強していかなければならない。柳井氏が長年かけて育て上げてきたSPA(製造小売)の世界に入っていかなければならない。しかも、すべて個別単品製造となる。これは前澤社長にとっての大きな挑戦となるだろう。

(この項 続く)

阿波踊り、遠藤市長の間違った判断でブランド毀損…来場者激減→巨額の経済的損失か(2)

このような状況で今年、総踊りの実施が取りやめとされたのには理由があった。阿波踊りを昨年まで主催していたのは、徳島市の観光協会だったが、その協会に対して破産手続きを開始するよう、徳島市が今年3月2日に徳島地方裁判所に申し立てたのだ。

観光協会は徳島市の観光振興をめざす公益社団法人で、市の補助金を大きな収入源としてきた、実質的に徳島市の外郭団体である。その市観光協会が、主な事業だった阿波踊りの実施などで累積4億円以上の赤字を出していたので、徳島市が同協会の破産を申し立てたのだ。

 阿波踊り実施のために、今年は市と徳島新聞社などでつくる実行委員会が組成され、主催者となった。この実行委員会は、総踊りが他の3演舞場のチケット販売を低迷させているとして、6月に中止を発表。有名連(踊りの出場グループ)を4演舞場に均等に配置すると決めたのである。この決定には、遠藤市長の意向が大きく働いていた。

(この項 続く)

テレビ朝日『ワイド!スクランブル』に出演

『ワイド!スクランブル』(テレビ朝日)に8月15日(水)、久しぶりに出演。

午前11:15分から15分ほどのコーナーで橋本大二郎司会の隣に座り解説。

前日に大塚家具が今期の前半期(1-6月)の決算発表を行ったのだが、それに「企業存続への注記」が付いたことから、マスコミが一斉に取り上げたもの。

放送終了後、知り合いの方多くからメールをいただく。お盆休みで家でテレビを見ていた方が多かった模様。

コメント内容については追ってのブログで。

2018年8月15日水曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(9)

ゾゾスーツ、大きな可能性


 ゾゾスーツとは、それを着ると自動的に全身採寸できるというスタートトゥディ独自のもので、昨年発表され同社ではプライベート・ブランド、すなわちオーダースーツへの導入ギミックとして無料で配布している。現在までに110万着以上を配布したとしている。同社によれば

「今後1年間の間に600万から1000万着の配布を実現したい」(同社広報部)
とのことだ。

直近の年間購買者数が739万人だったことを考えれば、これはとても意欲的な数字だ。同社としてはこれを実現するために、

「無料なのだが発注を待つだけでなく、ほかの購入商品にどんどん同梱したり、外部とのコラボにより配りまくりたい」(同)

ともしている。

 7月31日発表資料では、ゾゾスーツ大量配布などに11.6億円を使用したとある。だとすれば、この画期的なゾゾスーツの1着当たりのコストはわずか1000円くらいとなる勘定だ。739万人の全ユーザーに送付したとして総制作コストは74億円くらい。18年3月期の年間営業利益が327億円の同社にとっては不可能ではない。アントレプレナーである前澤社長にはその覚悟があるのだろう。

 しかし、問題は700万着を送付したとして、どれだけの顧客がオーダー・スーツを作るのだろうか、ということだ。ビジネス・スーツの受注件数は7月30日現在、のべ2万2459セットだという(7月31日発表資料)。

これらがすべてゾゾスーツの計測から開拓された顧客だとして、配られたゾゾスーツは110万着に上っている。実オーダーに結びついた数字との乖離はとても大きい。

(この項 続く)

阿波踊り、遠藤市長の間違った判断でブランド毀損…来場者激減→巨額の経済的損失か(1)

2018年阿波おどり 独自に総踊りを
披露する「阿波おどり振興協会」
(写真:読売新聞/アフロ)


お盆休みの白眉を飾る国民的なイベントといえば、四国・徳島市の阿波踊りであろう。今年の阿波踊りはしかし、そのメインイベントである「総踊り」の実施が取りやめの決定の後、強行実施されるなど混乱した。

 総踊り取りやめの決定は遠藤彰良市長によってなされたものだが、実質的な運営を担ってきた阿波おどり振興協会はこの決定に反発し、8月13日の夜に自主的な実施として総踊りを強行した。

 観光資源の活用という観点からは、その目玉である総踊りを取りやめようとした市長の判断には大きな疑問が残る。昨年、今年の有料観覧チケットの売上を比較すると、それは明らかとなる。


4会場で行われる阿波踊り、目玉は総踊り会場


今年の阿波踊りは8月12日から15日まで開催されている。この真夏の一大イベントを見に来る人の数は2016年、17年ともに123万人と、四国では年間最大の観光イベントとなっている。

(この項 続く)

2018年8月14日火曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(8)

・Product(商品)


 女性ものファッションの品揃え強化では傾注するような施策はないだろう。なぜなら、多くのブランドがZOZOTOWNへ出店を希望してくると予想されるからである。

 昨年から同社が取り組み始めたプライベート・ブランド、男性用ビジネススーツなどの施策は、この分野の対応策として正しい。あるいは、ZOZOTOWNではない、別サイトとしてまったく別のカテゴリーのサービス群であるモール型サイトを立ち上げるのも、経営資源の即使用ということで戦略的には選択肢としてある。

 また、まだ方向を打ち出しただけだが、「広告」は大きな収入源となる可能性がある。すなわち、730万人ユーザーと、ファッションに関心のある消費者が覗きに来るサイトとして、広告媒体価値はとても高い。利益としては大きな柱になりうる。

・Price(値付け)


 出店者の商品の価格にはプラットフォーム・サイトとしては立ち入れない。ZOZOTOWNとして手を付けられるのは出店手数料のほうだ。しかし、これを下げても、あるいは上げても出店希望者の増減には影響は少ないと見る。成長ではなく、利益対策的な分野となる。

・Promotion(販売促進策)


 ZOZOTOWNはサイトとして先行しているだけでなく、画面の見せ方や、コーディネーションによる提案、付け払いの導入など、創意に富む術策に長けている。この分野で引き続き消費者を引きつけるプログラムを展開していくのではないか。ゾゾスーツはそれらの術策のなかでも、特筆されるべきもので大いに注目している。

(この項 続く)

2018年8月13日月曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(7)

さらに最重要顧客層である、「既存アクティブ会員(会員登録から1年以上経過して、過去1年に購買があったユーザー)」の年間購入は右肩上がりできていたが、購入点数、購入金額とも18年3月期第2四半期でピークを迎え、今回の19年3月期第1四半期はピークに比べ購入金額で7.3%減っている。

 購入顧客の伸びと購入金額は共に減り始めている、少なくとも短期的には。しかし、その前の段階があまりに急成長だったので、これが短期的な成長調整なのか、あるいはPLCの成熟期、すなわち横ばい期に入ったのか。

さらなる成長への次なる一手はなんだ


 四半期ベースで2期(6カ月)の減速状態を同社では「巡航運転速度」と表現していた。この状況を脱してさらなる成長の高みに上っていくためには、同社にはどのような戦略があり得るのだろうか。

 マーケティングの4Pで考えてみると方向性が見えてくるかもしれない。

(この項 続く)

2018年8月12日日曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(6)

さらにそう思わせるいくつかの指標がある。

 ひとつは「年間購入者数」の推移だ。18年6月末現在でのそれは739万人にも達しているが、この後どこまで伸び続けるのか。19年3月期第1四半期末のその人数は、1年前に比べると10%の伸びだ。今の時代に二桁成長は大したものとみることもできるが、同数値の過去の成長は年率3割、4割、5割という印象が強い。「700万人も顧客がいる」とも表現できるが、「顧客が700万にもなってしまった」とみることもできる。

 739万人のうち女性の購入者は500万人強いる。ZOZOTOWNのロイヤル・カスタマー(主要顧客)である20~30代の女性顧客数を400万人ほどと推定しよう。同世代の女性の人口総数は1345.6万人である(2017年12月時点、総務省統計)。ZOZOTOWNはこのセグメントの30%ほどを顧客化したと見ることができるだろう。

(この項 続く)

2018年8月10日金曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(5)

 ゾゾタウンを運営するスタートトゥディ社のさらなる成長余地はどこにあるのか、「マーケティングの4P」セオリーから分析してみたい。


成熟期に入ったのか、短期的調整なのか



さて、ファッションECサイトとしてガリバーとなったZOZOTOWNをプロダクト・ライフサイクル(PLC)曲線で考えてみたい。
 前澤友作社長がスタートトゥデイを法人化したのが1998年。2007年に東証マザースに上場するまでを「導入期」だとすると、それ以降が「成長期」に入ったと見ることができる。問題は、成長が停滞してくる、あるいは減速が顕著となる「成熟期」にZOZOTOWNがいつ入るのか、あるいはすでに入ったのかということだろう。ここではPLCの対象として個々の商品ではなく、大きなサービス単位としてのZOZOTOWNを眺めてみたい。

 主要KPIである「商品取扱高」をみると、ZOZOTOWNの成長が加速していたのは16年3月期から18年3月のことだったように見える。この3期の年間成長率はそれぞれ24%、33%、28%と顕著なものだった。それが18年3月期第4四半期で対前年同期比で15%、19年3月期第1四半期では18%となった。ZOZOTOWNという従来型分野での成長は鈍化し始めたのかもしれない。



(この項 続く)

2018年8月7日火曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(4)

ZOZOTOWNに次ぐモール型ファッション専門ECサイトを見渡しても、規模的には他に大きく差をつけている。「ショップリスト」のブランド数は約500、「ファッションウォーカー」は約300、「RUNWAYchanmel」は約20弱にとどまる。また金額的には「マルイウェブチャネル」がZOZOTOWNに次ぐ2位だが、その取扱高は230億円(18年3月期)とZOZOTOWNの10分の1にも及ばない。

強みは絶対の品揃えと自社在庫


 ある20代の女性ユーザーはいう。

「ZOZOTOWNを見に行く大きな理由は、とにかく何でも有ることかな」
「ほかのサイトだと、ブランドごとにカートが変わることがあり煩わしい」

「カートが変わる」とは、そのたびに購入決済をしなければならないことを意味する。そのため商品が各アパレル・メーカーなどからバラバラに郵送されてくる。一方、ZOZOTOWNは自社で巨大な物流倉庫を有し、そこに各出店社は在庫を預けるため、「ブランドの自社サイト上で在庫がないものでも、ゾゾに行くと大抵あるのよね」(前述女性ユーザー)という状況になっているのだ。そして、出店社側としては「ゾゾに在庫を置きさえすれば、飛ぶように売れる」という状況にもなり得る。

 ファッションのネット通販にはモール型だけでなく、アパレル各社が自社で運営するサイトもある。この分野で国内最高の売上高を誇るのは「ユニクロ公式オンラインストア」だが、その売上高は420億円(2016年)であり、ユニクロ全体でのEC販売比率は5.3%にすぎない。2位以下はアダストリア、TSIホールディングス、千趣会、ベイクルーズが並ぶが、いずれも200億円台でZOZOTOWNの背中ははるかに遠い(以上のデータは17年10月5日付日本ネット経済新聞より)。

次回以降は、ZOZOTOWNの成長余力をマーケティングの4Pの領域で分析してみる。

(この項 続く)

2018年8月6日月曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(3)

スタートトゥデイの19年3月期第1四半期の商品取扱高は704億円強だったが、そのうち97%に当たる683億円もがZOZOTOWN事業で占められている。

その他の事業としてはプライベート・ブランド事業(自社開発によるファッション製品)やBtoB事業、広告事業などが報告されているが、それらを合わせても全体の3%に満たない規模だ。今のところ同社はZOZOTOWN運営がメインの会社であり、社名もこの10月1日に「ZOZO」に変更する。

 前述のとおりネット通販のビジネスモデルとしてZOZOTOWNは楽天と同様に多数のブランドが出店するプラットフォームであり、「モール型EC」ということになる。出店会社は1139店、それらが出店しているブランド数は6820にも及んでいる。

そしてZOZOTOWNの強みは、これら多数のブランドが出店する無数ともいえる商品を、ブランド横断的、出店社横断的に選択できることだ。モール型ファッション専門ECとして先行した強みもあり、そのブランド集約力は圧倒的なものになった。実店舗型衣料販売としてファーストリテイリングに次ぐしまむらは、ネット販売を開始するにあたり、自社サイトではなく18年7月からZOZOTOWNに出店したほどである。

(この項 続く)

2018年8月5日日曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(2)

同社の主要事業であるZOZOTOWNは、楽天と同じ出店モール型のネット通販サイトなので、同サイトで売り上げた出店社の売上合計が同社の商品取扱高となる。同社は商品取扱高から10%以上とされる手数料を徴収し、その手数料収入が同社の売上高となる。

 実は今四半期の直前(18年3月期第4四半期)は商品取扱高が前年同期比14.9%増となっており、一般的には“二桁成長”ともてはやされるところだが、16年3月期は33%、17年3月期は28%とその額を伸ばしてきた同社としては、一服感を免れない。前四半期の業績について同社は「巡航運転の時期」という説明をしていたが、今四半期は利益額ベースでのマイナス成長となった。本当に短期的な「巡航運転、そして巡航成長」なのか、「成長の踊り場」なのか、それとも「成長のピーク」がやってきているのだろうか。

ZOZOTOWNはファッションECとしてガリバー


 ZOZOTOWNでの年間購入者は739万人(7月31日同社発表資料、以下同じ)にも達しているが、男女比をみると女性が68%と圧倒的に多い。アクティブ会員(過去1年に購入した登録がある会員)の平均年齢は33歳だが、20~30代でZOZOTOWNを知らない人は少ない。

(この項 続く)

2018年8月4日土曜日

ゾゾタウン運営会社、利益大幅減で株価急落…成長のピーク到来か(1)

ZOZOTOWN HPより





















ファッションECサイトの最大手「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を展開するスタートトゥデイが7月31日、2019年3月期第1四半期(4-6月)決算発表を行い、株式市場では株価の急落という評価を受けた。同日の終値4485円に対して、翌8月1日の始値は4150円と実に7.5%もの株価下落から始まってしまった。

 時代を席巻してきたZOZOTOWNが成長の踊り場を迎えているのか、さらなる成長の一手をどこに求めようとしているのか。今回の発表や直近の前澤友作社長の発言から分析してみよう。

営業利益が大幅減

市場が嫌気を示した最大の原因は、第1四半期の営業利益(連結ベース、以下同様)58億円強が、前年同期比で26.4%減というマイナス成長で終わったことだろう。この営業利益額は「商品取扱高」704億円に対して8.3%という水準で、企業としては悪くない数字だが、前年、前々年と12%台で走ってきた同社だけに失望感が広がった。

(この項 続く)

2018年8月3日金曜日

エコノミスト誌から取材される

The Economist誌はイギリス発刊の世界的経済誌。1843年創刊という伝統を誇りヨーロッパでは、アメリカのウォールストリートジャーナルのような権威と評価を有する。

発行部数は約160万部(2009年)。その約半分を北米が占める。
主に国際政治経済を中心に扱い、科学技術書評芸術も毎号取り上げる。社会的地位の高い層をターゲットにしており、その中に官僚や大企業で経営に携わる人なども含まれる。発刊の歴史と、鋭い分析からなる記事が情勢に与える影響が大きく、世界でもっとも重要な政治経済紙の一つと見なされている。(ウイキペディアより)

東京支局長からとあるトピックでコメントを求められ、1時間ほどインタビューに応じた。イギリス英語は聞き取りやすい。

表紙の写真は私ではない。

2018年7月22日日曜日

帝国ホテルで経営相談会












帝国ホテルで半年恒例の経営相談会を行った。無料ということもあってか、九州は小倉からの社長さんなども来場。
2018年7月18日(水) 満員
       19日(木)
満員
       20日(金)

個別の事例、内容について明かすことはできないが、いずれもユニークな、100人社長が居れば100以上の悩み、そして動員できる戦略は無限だ。問題はそのどれを選択すれば成功の蓋然性が高いのか、それをセオリカルに実践するのが経営戦略の要諦だ。

1時間という短時間だったが、皆さんにそれぞれ何らかのヒントを差し上げられたことと思う。


2018年7月12日木曜日

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様: 書評226 (7)

「自社でできることは他社でもできないことはない」というのが苦い真実である。そして、キャッチアップされる時間もずいぶん短いことを覚悟しなければならない。複数の競合者が参入してくるということは、その新しい市場域が既存の有効市場域に拡大隣接することで結局、有効市場域が拡大されるだけのことなのだ。そこではまたレッド・オーシャンの競争が繰り広げられる。私がブルー・オーシャン戦略のことを「青い鳥幻想を広げた最悪のセオリー」(拙著)と紹介した所以である。

 著者の扇動に乗ってブルー・オーシャン的なビジネス、つまり新規事業域を開拓する企業家たちに報酬がないわけではない。それは先行者利得であり、その領域(セグメント)が急成長するなら、その果実をライオンズ・シェアとして手にすることが可能だ。

 しかし、その一方で新事業や、ましてや事業域そのものを新しく開拓しようとすると、通常はとてつもない企業努力や僥倖によらなければ、果実を得るに至らないだろう。それらを貫徹するだけの経営資源と覚悟はその経営者にあるのか、ということになる。

 パナソニックは旧松下電器の時代、「マネシタ電器」と揶揄されていた。しかし、その経営者だった松下幸之助翁は「経営の神様」として今に崇められている。経営者がすがる神様は、幸之助翁、あるいはW・チャン・キムのどちらなのだろうか。

(この項 終わり)

2018年7月11日水曜日

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様: 書評226 (6)

さて、有効市場域を図で考えると、著者の夢想するブルー・オーシャンセグメントはその外側のどこかに位置することになる。しかし、従来の市場域の外に新セグメントをプロットできたとしても、やがて時間の経過とともに競合者が参入してくることは、著者の掲げた企業事例を見渡しても明らかなことなのだ。そしてこれらの現象は、「イノベーター」、「リーダー」「フォロワー」という従来のマーケティング用語による概念で説明できることだ。

 新著ではブルー・オーシャン事例の一つとしてバイアグラの開発が挙げられている。しかし、バイアグラはED薬領域(当時では新事業領域)の形成を目指して経営戦略的に開発されたのではない。ファイザー社が血圧降下剤を開発しているときに偶然発見されたもので、戦略的な動きとはほど遠い話だった。

 また、ED薬の新領域でファイザー社がブルー・オーシャン的に独創できたかというと、数年を待たずして同様な薬がいくつも競合から開発、発売されている。薬の新領域は開発したが、そのなかは相も変わらずレッド・オーシャンの様相を呈しているではないか。

(この項 続く)

2018年7月10日火曜日

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様: 書評226 (5)

一作目での「ブルー・オーシャン事例」のその後の惨憺たる有様に、著者は新著で口をぬぐっている。新著で紹介されている事例としては、イラクの国立ユース管弦楽団やマレーシア政府の新刑務所政策など、非営利団体の事例の割合が多くなっている。あとになって、企業業績のその後を詮索されないという、経験則が働いたのだろう。


単なる有効市場域の拡大


 
新著で著者は、ブルー・オーシャンで形成される新市場域をマイケル・ポーターの「生産性フロンティア」から大きく離れたものであると図示している。この説明は、「既存市場領域(従来の有効市場域)と離れてブルー・オーシャン市場域は発生するので、既存競争者はそこに到達するのに恐ろしく時間がかかる」と理解することができ、著者はその乖離を「ブルー・オーシャン・シフト」と呼んでいる(新著13ページ)。

 しかし、たとえば一作目で重要事例としてあげられた「イエローテイル・ワイン」が、その主張への大きな反証となっているのは皮肉なことだ。同ワインはオーストラリアのカセラワインズ社により今世紀初頭に北米で発売し、安価ワインのセグメントで大成功を収めていた。ところが、一作目が世に出た2005年には市場の景色はすでに一変していた。「イエローテイル」とはワラビーの尾のことなのだが、その成功を追って「カンガルー・ワイン」やら「コアラ・ワイン」などが続々と市場参入して、「イエローティル」の独走などといった状態ではなくなっていた。さらに南米の安価ワインの参入を経て、カセラワインズ社の利益は2008年には対前年比50%減、09年にはさらにそれから70%減、12年には赤字、13年には倒産危機と報じられた。「10年間無敵のブルー・オーシャン企業」として紹介された同社は、「業績つるべ落とし企業」だった。

(この項 続く)

2018年7月9日月曜日

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様: 書評226 (4)

少ない企業事例


 数年前、私は自分が教えるクラスで参加者の社長さんたちに、一作目の企業事例の「その後」を手分けして検証してもらった。一作目で紹介された「ブルー・オーシャン成功例」とされた約30社の「10年後」はそれこそ惨憺たる有様だった。

 唯一、「うまくいっているのではないですか」と報告されたのが、格安理髪店の先駆けとなったQBハウスだった。同社は日本のみならず、海外にも進出して好調な成長を続けていた。「例外もあるんだ」と私は思ったのだが、QBハウスが著者の定義によるブルー・オーシャン企業事例だとすると、やはり違っていたのである。

 ブルー・オーシャンについて著者はいくつかの定義を提言していた。「差別化と低コストを同時に実現する」、あるいは「10数年間競合が出現しない青海原を進むことができる」などである。

 QBハウスは確かにその後も成功していたが、その後を追って格安理髪店は続出した。業界の相場を1500円くらいに下げてしまったという感がある。つまり、競合は追いかけてきたが、QBハウスは独自のサービスやビジネス・モデルなどで成長を続けたということだ。ブルー・オーシャン的に「荒野を独り行く」という状態では、とてもなかった。

(この項 続く)

2018年7月8日日曜日

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様: 書評226 (3)

言ってみれば、著者はブルー・オーシャン戦略を走らせる具体的な手順について大きく説明を刷新した。にもかかわらず、新著ではその変更についての説明や、方法論が変遷した理由、少なくとも表現や説明が変遷した理由や経過を明らかにしていない。これはまともな学術書としては大きく誠意に欠けるものだと考える。
 著者が一作目で主張したことの一つに、「ブルー・オーシャン戦略の時効」ともいうべきものがあった。

「ブルー・オーシャン戦略は多くの場合、10年から15年ものあいだ大きな挑戦を受けずに持ちこたえる」(243ページ)

 そして、そんな企業事例として一作目では約30社の企業事例を掲げていた。

 新著の不誠実な点は、一作目で著者が掲げたそれらの企業の「その後」についてレビューしていないことだ。唯一、シルク・ド・ソレイユを現在に至る成功例として触れているが、同社は2013年に至り社員400名、全体の1割をレイオフしている。一作目から8年目に大ピンチに陥った。一作目で紹介された代表的な企業事例のその後の凋落について私は『本当に使える経営戦略・使えない経営戦略』(パル出版/2013年刊/以下、拙著)で概観した。

 新著では、一作目でのそのような企業事例の「その後」について綺麗に口をぬぐって触れていない。

(この項 続く)

2018年7月7日土曜日

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様: 書評226(2)

市場創造の方法論を示すとしているが


結論からいえば、批判を覆すほどの反論はなされていなかった。新著は端的にいえば、新しい市場領域を開拓するための指南書である。その方法論として、著者は次の「5つのステップ」を提言している。
1.準備にとりかかる。
2.現状を知る。
3.目的地を思い描く。
4.目的地への道筋を見つける。
5.戦略を絞り込み、実行に移す。

 これらのステップを進行させるための戦略ツールとして、「PMSマップ」や「戦略キャンパス」の活用を提言しているのは、13年前の一作目と同じだ。一作目ではしかし、上記に該当する方法論として次の「4つのステップ」を提言していた。

1.目を覚ます。
2.自分の目で現実を知る。
3.ビジュアル・ストラテジーの見本市を開く。
4.新戦略をビジュアル化する。

 一作目から新著ではステップが一つ増えているが、それは構わない。13年間の研究の成果と受け止めることができる。しかし、両者の個別項目の表現の違いや、それぞれの個別項目が示した具体的な方法論は大きく異なっている。

(この項 続く)

2018年7月6日金曜日

『ブルー・オーシャン・シフト』は読むだけ無駄? 一作目の「成功企業」は惨憺たる有様: 書評226 (1)

『ブルー・オーシャン・シフト』(W・チャン・キム、レネ・モボルニュ/ダイヤモンド社)(以下、新著)が4月に刊行され話題となり、早くも増刷されている。両著者によるブルー・オーシャン本は本書で3部作となったわけだ。

 シリーズ第一作目の作品といえる『ブルー・オーシャン戦略』(ランダムハウス講談社/2005年刊/以下、一作目)は、戦略本としてベストセラーとなり、2007年の段階で17刷りを達成していた。血みどろの戦いが繰り広げられている「レッド・オーシャン」(通常市場)から抜け出し、競争のない「ブルー・オーシャン」(未開拓市場)の創出を目指そうという一作目の主張は、そんなことができない絶対多数の経営者たちの大きな関心を呼んだ。

 今回の新著はブルー・オーシャンに到達する道程(ブルー・オーシャン・シフト)と称する5つのステップを提言している。しかし、そもそもブルー・オーシャンそのものが短期的にしか出現・持続しない市場領域である一方、それを創出することにはとてつもない企業努力と運が必要という点で、私は以前から「経営者にユートピア幻想を振りまく最悪のセオリー」であると批判してきた。

 果たして新著は、この批判に反論し得たのだろうか。

(この項 続く)

2018年7月2日月曜日

「経営の魔術師」松本晃がRIZAPへ (3)

「経営者も人の子なので、人間関係が非常に大事になる。自分を引っ張ってくれた人のために、意気に感じて頑張る。そういう存在の人が亡くなったのは、辞める大きな動機になる。」

「経営者仲間が松尾さんの葬式に出席したが、松本さんは非常にショックを受けたようすだったといっていた」(前出山田氏)

(略)
松本氏にとってRIZAPへの転身はチャレンジである。
「松本さんの歩んできた”トラックレコード”はどこの会社でも素晴らしい。ところが、今まではみんな単一事業だった。

松本さんのチャレンジというのは、今度はコングロマリット、複合事業体だ。グループ傘下の企業にはそれぞれ社長がいる。松本さんが実際に手を下すわけではないが、(それぞれの)社長が立てた戦略について判断力を発揮して助言する立場になる。そこが、松本さんの新しいチャレンジになると思う」(前出 山田氏)

以下、略

松本晃氏の決断と、新しいポジションでの活躍を祈る。

(この項 終わり)

2018年7月1日日曜日

「経営の魔術師」松本晃がRIZAPへ (2)

(略)
しかし、雇われ社長には必ず引き際がやってくる。それにどう対応するかが難しいといわれる。
(略)
20年以上にわたり外資などで社長を歴任、不調業績をすべて回復させ「企業再生経営者」と評されたビジネス評論家の山田修MBA経営代表取締役が語る。

「私のときもそうだったが、大体、3年も経営をしていると、全部、カードを切ってしまう。その後の数年は自分がやってきた施策が効いて、数年は順調に伸びていく。
プロ経営者としてはせいぜい5年くらいのタイムスパンが一般的な限度だと思う。それをどう切り抜けていくかが、プロ経営者たちの悩みだ。松本さんもそこはよく分かっているはずだ。」

(略)
雇われ社長としては長居は無用だ。(松本氏にとって)そのタイミングが(カルビーの)業績の一時的な停滞と、本人を引っ張ってくれたオーナー家の松尾雅彦氏が今年2月、なくなったことだ。

(この項 続く)

2018年6月30日土曜日

「経営の魔術師」松本晃がRIZAPへ (1)

プロ経営者の一人である松本晃氏がカルビーを電撃退任したのが3月末のことだった。

私は実は2月の段階で次のように松本氏のカルビーからの離任を煽った。

「私も経験したことだが、外から乗り込んだプロ経営者も数年すると、改革のカードを切り終わってしまって、手詰まりになることがある。松本会長が活躍するステージを変えることも有用なこととなるのではないか。新天地でさらなるトラック・レコードを積み上げるのはどうだろう。」

拙記事が松本氏の背中を押したとも伝えられたが、離任した同氏を招請したいとリクエストが殺到する中、6月24日付けでRIZAPグループの代表取締役最高執行責任者(COO)に就任した。

松本氏の今回の去就を巡って様々なメディアが論評している。「権威や権力と戦うオピニオン誌」を称している月間「テーミス」の7月号が、本ブログ記事と同じタイトルで2ページの解説記事を発表した。

同記事の半分ほどのスペースで私の見解を述べたので、それを収載する。

(この記事 続く)


2018年6月2日土曜日

頑なに内田前監督を擁護する日大経営陣は機能麻痺…巨大学校法人として終わっている(5)

田中英壽理事長の懐刀


 マンモス大学である日大には労働組合も複数あるが、非常勤講師の組合である日大ユニオンは、5月16日付「Net IB News」記事で次のように語っている。

「日本大学の理事会は体育会に牛耳られています。相撲部出身の田中理事長もそうですが、アメフト部関係者も権力を持っている」

 また田中理事長は、内田前監督の「親分」だとする日大関係者もいる。5月6日の試合中に事件が起き、社会的な大問題となっても内田氏がアメフト部監督を辞任したのが19日、そして日大理事職の座に居続けるのは、田中理事長との強い関係、信任があるからだと推察される。

 今回のような組織全体に重大な影響を与える事件・事案が企業に起きた場合、通常はどのような動きが取られるだろうか。7000人もの社員がいる大企業なら、田中理事長は社長、内田前理事長は専務取締役などに置き換えて事態を想定できる。

 専務が直接統括している事業活動で重大な失態を犯してしまった。それを咎められるのは取締役会ではなく、上司である社長、あるいは会長くらいしかいない。日大の場合、創業家が理事会に参画していないようなので、専務を叱責できるのは社長のみ、という構図だ。

 社業のすべてに最終責任を持つ社長なら、専務の責任を追及するだけでなく、事態の経緯や会社の対応、専務の責任の取らせ方などについて世間に発表、発信しなければならない。それが大企業にふさわしいガバナンスというものだ。

 日大の場合はどうだろうか。

(この項 終わり)

2018年6月1日金曜日

頑なに内田前監督を擁護する日大経営陣は機能麻痺…巨大学校法人として終わっている(4)

日本大学で権勢を振るう内田前監督


 日大広報部が、宮川選手側の指摘にあえて目をつぶるような、納得感が感じられない擁護コメントを出したのには、どんな事情があるのか。

 内田前監督は、実は単なる体育会の一監督ではなく、このマンモス大学の理事、それも常務理事なのだ。日大には34名の理事がいるが、常務理事は5名だけだ。そのなかでも、内田氏は人事担当でもある。人事権を握っているので、田中英壽理事長に次ぐ日大経営部門のNo.2だといわれている。

 大学や学校法人には、理事長と総長(あるいは学長)という職位が並存していて紛らわしいが、総長・学長は教授からの互選などで選ばれ、教育と研究部門のトップであり、学校・学園の経営に当たるのが理事長をトップとする理事会である。一般企業でいえば、理事会は取締役会、常務理事は役職取締役(専務や常務、副社長)、理事長が社長に該当する責任分担だと理解できる。

 日大は日本最大の学校法人で、教職員数は7000人を超えている。この大組織の人事権を握っている常務理事というのは、職員の生殺与奪の力を有しているといっても過言ではない。日本大学の広報部が今回の事件に関連して内田氏擁護的なコメントを連発したのは、流行の「忖度」として十分に理解できることなのだ。広報部がそんな忖度を自覚し、「広報機能が麻痺している」と報じられるほど、やる気がないのかもしれない。

(この項 続く)

2018年5月31日木曜日

頑なに内田前監督を擁護する日大経営陣は機能麻痺…巨大学校法人として終わっている(3)

宮川選手の記者会見における「陳述書」で時系列的に「誰が何を言ったか」を追っていけば、「故意の暴力の強制」は明々白々といえよう。事前にその指示は井上コーチを通じて行われ、宮川選手がその趣旨を内田監督に確認して「決意」を表明している。試合の前には上級生OBからも念を押され、試合後には監督やコーチから叱責されることもない。指示を実行した組織の「鉄砲玉」に対する態度だ。

問題が大きくなり、宮川選手が父親とともに内田監督、井上コーチに「真実を明らかにさせてほしい」と申し入れたときも、監督は「しばらく待ってほしい」とした。つまり、指示があったという事実を否定していない。
 これらの事実の指摘、列挙を聞いた上で、日大広報部はなぜ上述のようなコメントを出せるのか。広報部も含めて日大という組織には、組織運営について、あるいは社会的なモラルの保持において大きな欠陥があると思わざるを得ない。

 この問題で内田元監督擁護のようなコメントを出し続けている日大広報部も、担当者個人ベースでは「無理筋」の見解を出さざるを得ないことに矛盾を感じているかもしれない。というのは、関学大の被害者選手側が21日、大阪府警に被害届を提出したとき、次のような報道があった。

「千代田区にある日大本部には多くの報道陣が詰めかけ、日大側のコメントを求めたが、なぜか守衛の男性が対応。『取り次げません。「記者会見はありません」と伝えてくれと言われてます。(広報対応は)「物理的に無理」とのことです』と、広報機能が麻痺していることを伺わせた」(21日付デイリースポーツ)

(この項 続く)


2018年5月30日水曜日

頑なに内田前監督を擁護する日大経営陣は機能麻痺…巨大学校法人として終わっている(2)

宮川選手と日本大学、どちらが信じられるのか


まず、その日大のコメント全文は以下の通り。
「アメリカンフットボール部・宮川選手の会見について

2018年5月22日

本日、本学アメリカンフットボール部の宮川泰介選手が、関西学院大学フットボール部との定期戦でルール違反のタックルをし、相手選手にけがを負わせた件につきまして、心境を吐露する会見を行いました。厳しい状況にありながら、あえて会見を行われた気持ちを察するに、心痛む思いです。本学といたしまして、大変申し訳なく思います。

会見全体において、監督が違反プレーを指示したという発言はありませんでしたが、コーチから『1プレー目で(相手の)QBをつぶせ』という言葉があったということは事実です。ただ、これは本学フットボール部においてゲーム前によく使う言葉で、『最初のプレーから思い切って当たれ』という意味です。誤解を招いたとすれば、言葉足らずであったと心苦しく思います。

また、宮川選手が会見で話されたとおり、本人と監督は話す機会がほとんどない状況でありました。宮川選手と監督・コーチとのコミュニケーションが不足していたことにつきまして、反省いたしております。

日本大学広報部」

 これはあまりに内田前監督サイドを擁護しようとする強弁であり、日大の広報部が本当にこんなことを信じて書いたのか、大いに疑問である。

(この項 続く)

2018年5月29日火曜日

頑なに内田前監督を擁護する日大経営陣は機能麻痺…巨大学校法人として終わっている(1)

関西学院大学の選手に、悪質なタックルを仕掛けて負傷させた問題で、緊急会見を開いた日本大学の内田正人前監督と井上奨コーチ(日刊現代/アフロ)
5月6日の日本大学対関西学院大学のアメリカンフットボール定期戦で、プレーと関係のないところで関学大のQB(クォーターバック)にタックルを行った日大の宮川泰介選手が22日、謝罪会見を行った。宮川選手は悪質なタックルをした理由について、内田正人前監督と井上奨コーチから「1プレー目で相手のQBを潰せ」「潰したら(試合に)使ってやる」などと指示を受けていたことを公表した。

 これを受けて、同日夜に日大広報部がコメントを発表した。しかし、その内容は内田前監督や井上コーチを擁護しようとする組織防衛的なもので、何も新しい情報や見解のない、空しいものとしかいいようがない。

(この項 続く)

2018年5月27日日曜日

若き有望アメフト選手を加害者に仕立てた「日大の異常な経営体質」…逃げ回る田中理事長(4)

また、日大アメフット部や内田監督らへの思いを尋ねる質問については、「僕は今日ここに来たのは謝罪をするため、真実を話すために来たので、今後のチームのことなどは僕の口からいうべきではないと思います」と回答。さらに自身の今後について聞かれると「もちろん、アメフットを続けていくという権利はないと思っていますし、この先、アメフトをやるつもりもありません」と競技復帰を明確に否定した。TOKIOの山口達也メンバーが先の謝罪会見で「席があれば、またTOKIOとしてやっていけたらなあって」と未練がましいことを口走ってしまい、他のメンバーからさえバッシングされたのとは大きな違いだった。

宮川選手の会見を受け、関学大や被害者側はその反省する態度を好意的に受け止めているようだ。
「日大選手(宮川君)の行為そのものは許されることではないが、勇気を出して真実を語ってくれたことには敬意を表したい。立派な態度だった」(関学大アメフト部の鳥内秀晃監督)

「今回の会見を見て刑事告訴も検討せざるをえない状況だ。24日の日大からの回答を待って、家族、本人、関学アメリカンフットボール部とも相談して結論を出したい。日大選手(宮川君)は自分のしてしまったことを償い、再生していただきたい。勇気をもって真実を話してくれたことに感謝する」(被害選手の父、奥野康俊氏)

 刑事事件として立件されれば、宮川選手は加害者として傷害罪に問われ、有罪となる可能性もある。そうなれば20歳の将来ある若者の経歴に、大きな汚点となってしまう。選手としても学生日本代表に選ばれるほどのこの有望選手は、すでに退部の意思を表明している。

 記者会見では好青年という印象を世間に与えた宮川選手を、そこまで追い詰めた内田監督と井上コーチの責任は、どうなるのだろうか。

(この項 終わり)

2018年5月26日土曜日

若き有望アメフト選手を加害者に仕立てた「日大の異常な経営体質」…逃げ回る田中理事長(3)

将来をつぶされた加害選手も被害者だ


 企業や有名人の不適切行動に関する謝罪会見は多く、最近ではTOKIOの山口達也メンバーのわいせつ行為をめぐる謝罪会見が記憶に新しい。そうした会見のたびに危機管理専門家やコンサルタントが実施方法やメッセージの出し方などについて、批判的な指摘を行っている。今回の宮川選手の謝罪会見は、ここ数年でもっとも成功した例だ。

 成功した1つ目の要因は、会見の趣旨について「謝罪をしたい」そして「真実を明らかにしたい」とはっきりさせ、それを何度も繰り返したことだ。2つ目は、方法論として「陳述書」という書面をあらかじめ用意して、これを読み上げるというかたちをとったことだ。それは、問題が起きた試合の前の段階から、日付入りの時系列で起きた事実と自らの感想が書かれており、登場人物の個人名も記され、十分に説得力があり、人々が経緯をよく理解できた。

 3つ目の理由として、宮川選手が「そもそもの指示があったにしろ、やってしまったのは私です。人のせいにするのではなく、やってしまった事実がある以上、私が反省することだと思います」「自分で判断できなかった、自分の弱さだと思う」などと明言して、他の誰も非難しようとしなかったことだ。記者からの質問で、内田監督や井上奨コーチへの感想を何度も求められた。それは、監督らへの非難コメントを誘導するようなものでもあったが、宮川選手は監督、コーチ、あるいはアメフト部を非難することなく、「監督とコーチ陣からのプレッシャーがあっても、自分で正常な判断をすべきだった」などというコメントに終始した。

(この項 続く)

2018年5月25日金曜日

若き有望アメフト選手を加害者に仕立てた「日大の異常な経営体質」…逃げ回る田中理事長(2)

陳述書によれば、5月11日に宮川選手と両親が内田監督と面会し、監督による反則指示の公表を求めたが拒否されたという。退部も決意していて思い悩んだ宮川選手の父親が弁護士に代理人を依頼したのが、15日だったという(代理人の冒頭説明)。18日には、選手と家族だけで被害者である関学大選手への謝罪訪問を実施していることから、代理人を選任したことで、宮川選手が“日大の呪縛”から逃れ始めたように私は理解した。

 日大は事実関係の確認作業などを進めて24日をメドに改めて関学大に回答するとしていたが、代理人は「監督、コーチから事実を聞きたいというお話は、今までただの一度もありません」と話し、部としての事情聞き取りの予定がないことから、急遽22日の会見をセットしたと説明した。

 記者会見の段取り、準備も周到なものだった。会場を提供した日本記者クラブは、通例では会見に臨むのは当事者本人のみで、弁護士などの同席を認めていないが、「本人が20歳を超えたばかりの未成年に近い青年なので」(代理人)例外として認められたという。記者からの質問に適宜割って入るなど、宮川選手にとっては心強い存在だったであろう。何しろ、20歳の青年が突然100名を超える報道陣と多数のテレビカメラの前に立たされたのだ。大きな試練であり、勇気がなければできることではない。

(この項 続く)

2018年5月24日木曜日

若き有望アメフト選手を加害者に仕立てた「日大の異常な経営体質」…逃げ回る田中理事長(1)

関学との試合で悪質な反則行為を行ったことに関し、記者会見をする日本大学宮川泰介選手(日刊現代/アフロ)










関西学院大学とのアメリカンフットボール定期戦で相手側のクォーターバック選手に対して故意の反則タックルを仕掛けた日本大学の選手が22日、謝罪会見を開いた。本人の反省、謝罪は真摯で誠意あるものとして世間に受け取られたが、他の加害関係者、ひいては組織としての日本大学の対応は稚拙で、いたずらに時間を要している。結果、誠意ある対応がないと関学大側から指摘されている。

 本件で反則行為の指示を出したとされる内田正人前監督の責任はもちろん重いが、その監督責任者で組織上の上司である田中英壽理事長は、まったく表に出てこない。日大の経営ガバナンスはどうなっているのか。

タイミングのよい記者会見

問題の反則行為を行ったのは、日大3年生の宮川泰介選手。その前日に実施が決定したという会見は、冒頭の代理人弁護士からの経過説明を含め、1時間という長時間にわたった。宮川選手は詳細な「陳述書」を用意して、日付ごとに時系列で出来事を報告し、自身の時々の感懐を明かした。
 陳述書によれば、、、

(この項 続く)


2018年4月21日土曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(12)

規模より質を、何より在籍者の満足度を


――新校舎、大箱への移転という大きな節目を通りました。この後はどのように展開していくつもりですか。

斉藤 この校舎と自由が丘、酒田の3拠点で最大4500名の生徒に授業を提供することができると考えています。現在、学童保育を合わせて3600名まで達成しました。しかし生徒数の最大化を目的に経営を行っているわけではありません。規模を追いかけるのでなく、あくまで在籍している生徒、そして保護者の満足度を高めることを目標としたいと思っています。

――地域的な展開は次の段階とすると、教育プログラムの新商品はどうですか。

斉藤 すでに小学生向け英語レッスンと学童保育で500名ほどの在学生がいます。学童保育は共稼ぎ社会を支えるためにとても有意義な事業であり、需要もあります。また英語の初期教育との親和性も高い。ここの在校生も着実に増やしていきたい、と思っています。

――Eラーニング、つまりインターネットによる地方販売はどうですか。

斉藤 きめ細かい最高の授業の品質というと、やはりクラスで優秀な講師から習うことでしょう。iPadを使うアプリもすでに生徒に提供していますが、それらはあくまでも補助教材と考えています。誠実によい英語教育を提供していくことが、当校の、そして私の使命だと思っています。地域的な展開については、慎重かつ真剣に研究しています。

――本日はありがとうございました。

斉藤 こちらこそ、ありがとうございました。

対談を終えて(山田の感想)


「斉藤代表のなかで、教育者と事業家・経営者の割合はどうなのか」と聞いたら、「創業時は教育者の要素が9割、今は4割でしょうか」と言う。「また教育者の割合を半分以上に戻したい」とも。新校舎に移り、しばらく教育者としての分野に集中が戻ることだろう。しかし、年に1000人ずつ在籍者が増えていくと、2年すると新校舎も満杯となる勘定だ。その時点で次の段階を実現する事業家としての手腕を再び発揮しなければならない。というか、今から次の飛躍に備えてもらいたい。

 斉藤代表は声が大きく、底抜けに明るい笑顔が特徴の経営者だ。J PREPのパンフレットには「目指すなら世界の頂点」とぬけぬけと書いてある。代表が生徒たちに向けているこの言葉を、そのまま代表に贈りたい。


(この項 終わり)

2018年4月20日金曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(11)

国も戦う場も好きなように選んできた、真の自由人


――J PREPの代表をなさる前の斉藤さんの経歴がユニークというか、文字通りの唯一無二です。

斉藤 私は酒田生まれの純日本人です。上智大学では外国語学部で英語を学びましたが、イェール大学の博士課程で学んでいたのは政治学です。故郷の酒田のため、日本のために役に立ちたいと思い、政治学を勉強していました。そもそも比較政治経済学を学んでいた理由は、地域経済を成長させるために何が必要か、探究したかったからなのです。ちょうど現職議員が政治資金疑惑で辞職したこともあり、衆議院議員の補欠選挙に立候補して当選したのが33歳のときのことです。

――でも、またイェール大学に戻られた。

斉藤 翌年に総選挙となり、私は落選してしまいました。所属が民主党だったということもあり、その次の選挙を目指すのは断念しました。06年にイェール大学で博士号を取ることができました。それからアメリカの大学で教鞭を執りはじめて、08年から4年間、イェール大学で政治学を教えていました。博士論文は『自民党長期政権の政治経済学――利益誘導政治の自己矛盾』(勁草書房)として上梓させてもらいました。

――この本は、第54回日経・経済図書文化賞を受賞しています。

斉藤 J PREPを創業してからは、英語教育の本に傾注しています。最近著したのは『ほんとうに頭がよくなる 世界最高の子ども英語――わが子の語学力のために親ができること全て!』(ダイヤモンド社)という本で、すべての親御さんに読んでいただきたいと思っています。

(この項 続く)

2018年4月19日木曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(10)

――戦略的にいえば「ドミナント展開の出店」というわけですね。山形県の酒田校のほうはどうなったのですか。

斉藤 酒田校は、私の出身地という思い入れから創業時に同時開校して、私も今でも週に1度は教えに帰っています。しばらくは授業から教室の掃除まで、何から何までひとりでやっていました。しかし今では、ビジネス的な見地から重要な拠点に育っています。

――というと?
斉藤 学校全体のオペレーションの大きな部分を酒田で実施しています。渋谷や自由が丘に電話がかかってくると、実はそれを受けているのは酒田なんです。教材開発やその印刷発注、3000名を超える生徒家庭への発送などはすべて酒田で行っているのです。ITのシステム開発も酒田を拠点として行っています。東京で実施するより、コスト的な優位がありますし、なにより出身地での雇用貢献ができていると思っています。現在酒田事業所には講師のほかに、サポート・デスクとして20名ほどのスタッフに活躍してもらっています。

――それは実に賢いですね。これから人材雇用はどの業界でもますます難しくなってきます。地方でのオペレーションなら、そのような問題にも対処できるでしょう。

斉藤 実は海外経験や特殊なスキルを持つ人たちが、家族の介護や地域への想いを理由に地元に戻ることが多くあります。この絆を大切に、事業を組み立てるようにしています。教育面でも、全国展開を想定したモデルづくりを行う上で、酒田校で多くの知見を得ています。

(この項 続く)

2018年4月18日水曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(9)

教育者から経営者へ


――J PREPは学校法人ではなく、株式会社J Instituteが経営しています。斉藤代表はそれまで大学教授、つまり教育者で、起業は初めてだったため、企業の運営や経営にはご苦労があったのではないですか。

斉藤 当初は講師こそ私のほかに何人かいたのですが、経営という観点では本当にひとりで始めました。最初の年は財務諸表の読み方というよりも、複式簿記の初歩から勉強しました。領収書を整理して経理ソフトに自分でデータを入力するようなこともしながら、経営のイロハを学びました。

――特に困ったことは?

斉藤 創業間もない会社なので信用がなく、自由が丘で校舎を拡張移転する際に不動産を借りるのにも苦労しました。

――創業は2012年ですが、経営上で大きなブレーク・スルーとなったのは何年のことですか。

斉藤 おかげさまで最初の5年間は生徒数が年々、倍々で増えました。自由が丘校での生徒数が600名に達したとき、次の拠点として2015年に渋谷に進出したときでしょうね。宮益坂の交差点に面するビルのフロアを借りて、当初は100名ほどの生徒数でした。

――自由が丘の次に渋谷を選んだのは、どのような判断だったのですか。

斉藤 山手線のターミナル駅に進出することで、山手線の東側からの需要にアクセスできること、それから自由が丘とは東急東横線で1本、各駅停車でも10分ほどですので、拠点間の連絡がいい、ということからです。

(この項 続く)

2018年4月17日火曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(8)

――創業の地を東京・自由が丘とした理由は?

斉藤 自由が丘は「習い事のメッカ」であり、教育熱心な家庭の多い地域の中心にあります。この地域の保護者なら、私が目指す英語教育を理解して共鳴していただける方たちがいるのではないかと思いました。

――最初の年は、どのくらいの規模で始められたのですか。
斉藤 生徒数20名ほどでした。ソーシャルメディアと知人を介してが半分、折り込みチラシを見てきてくれた生徒が半分、といった具合でした。私自身が生徒全員を教えていましたし、少数精鋭でしっかり勉強してもらいました。最初に教えた中学生も、今では東大をはじめとする難関大学や医学部、海外大学に進学しています。嬉しいのは卒業生が、「大学に入ってますます、J PREPで勉強していて良かったと感じた」と言ってくれることですね。入試よりはその先を見据えて指導してきましたので。

(この項 続く)

2018年4月16日月曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(7)

イェール大で日本人の英語力に絶望


――なぜ英語教育産業で創業しようと思ったのですか。
斉藤 ビジネス的な見地からいえば、「市場のゆがみ」に気づいたということです。「市場のゆがみ」とは、その市場では「安い、早い、うまい、素敵」の逆、すなわち「高い、遅い、まずい、ダサイ」のすべて、あるいはいくつかの不備なことが起こっているということです。日本の英語教育の現場では、まさにその「市場のゆがみ」が起こっていて、参入機会があると思ったのです。

――そして代表には英語の素養があった、と。

斉藤 もともとは外国語学部で応用言語学も学んでいますし、都内の英語塾で自分自身教えた経験もありました。何より、イェール大学で教鞭を執っていたときの体験も大きかったと思います。イェール大で私は日本出身の教員ということもあって、日米学術交流プログラムのコーディネーター的な仕事もしていました。このプログラムに関連して多くの日本人の教授や知識人がイェール大を訪れて来ました。そこで、英語ができないというだけで多大な損失を被る事実を見て愕然としました。私はこの現状は、日本の国益を損なっていることだと本当に思いました。

――そこで、ご自分でなんとかしようと。

斉藤 英語教育産業に「市場のゆがみ」が起きていて、おそろしく非効率になっている、これを正すことは私に課せられた社会的ミッションだとも思いました。

(この項 続く)

2018年4月15日日曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(6)

倍々ゲームで増えてきた生徒数


――先ほどのお話では、昨年1年間で5割も生徒が増えてきたのはPR活動によるものではないということでした。

斉藤 実はJ PREPでの新入生徒の半数近くが、現在通っている生徒とその保護者による紹介、推薦なのです。私が当校を設立したのは2012年のことですが、その時は生徒の数は20名だけでした。最初はすべてのクラスを私が教えていました。その時から5年連続して、生徒数が前年対比2倍以上になった実績があります。

――ネイテイブ講師の充実のほかに、評価されてきた大きな要因はどんなものがあるとお考えですか。

斉藤 私は、新しい生徒をもっと集めるよりも、今通って来てくれている生徒、そしてその保護者の満足度を上げることを第一に考えています。J PREPが提供している英語教育への顧客満足、これを上げ続けることに最大の力を注いでいますし、講師やスタッフの力を結集していくつもりです。企業として若いので、さまざまな分野で経験やリソースも不足しています。それでも毎年、教材や授業内容を改善し、より良い学習経験を生徒に提供するために努力を重ねてきました。


●斉藤淳・J PREP 斉藤塾代表
研究者としての専門分野は日本政治、比較政治経済学。主著『自民党長期政権の政治経済学』により第54回日経経済図書文化賞(2011年)、第2回政策分析ネットワーク賞本賞(2012年)をそれぞれ受賞。J PREP では、全体の統括に加え、教材開発、授業、進路指導を担当。2014年に発売された『世界の非ネイティブエリートがやっている英語勉強法』と『10歳から身につく問い、考え、表現する力』がベストセラーとなったほか、2015年度は、NHKラジオ『基礎英語2』で作文指導の連載も担当。新著に『ほんとうに頭が良くなる世界最高のこども英語』がある。

(この項 続く)

2018年4月14日土曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(5)

――採用する外国人はどんな人たちですか。

斉藤 博士号や修士号を持っている人もいますし、文学などそれぞれの分野での専門家の先生も多くいます。

――厳格な教育者なのですね。

斉藤 その反対のイメージだと思います。教育とは厳しい修行のようなものではない、と私は考えています。興味のあるものを皆で知ろうではないか、というアプローチを取ってもらっています。選抜に当たって重視するのは、陽気で辛抱強く教えてくれる講師かどうか、という点です。日本人の生徒はシャイな子たちが多いので、その学習意欲を外向きに引き出してくれる、指導力のある講師を採用するように努めています。

――日本人講師には、どんな人がいるのですか。

斉藤 私自身イェール大学の大学院で博士号を取得していますが、ほかにアイビーリーグではプリンストン大学やブラウン大学を卒業した講師もいます。TOEICやTOEFLで満点を取った講師もいますし、博士号取得者も何名も在籍しています。

――J PREPで教えているのは小中高校生ですが、それぞれの学年の英語教科書を復習、予習するという教え方ですか。

斉藤 いいえ、J PREPでの英語教育は、日本の学年別英語カリキュラムに準拠していません。

――社会人向け英語スクールでは、「TOEICで730点取れるようにしよう」「英語検定2級を取ろう」などと標榜しているところが多いですが、J PREPはどんなコンセプトで英語教育を展開しているのですか。

斉藤 英語力そのものを向上させる、ということです。英語力のなかでも特に「先行逃げ切り型英語力への準備」ということを考えています。英語の4技能は、「読む・書く・聴く・話す」です。J PREPでは加えて「考える」の5技能を修得してもらいます。この5技能を学生時代から先行して培って、あとになって実践的な英語力が必要な時が来たら、ただちに活用できる英語能力の開発を狙っています。そうした準備がない人たちとは決定的な差ができる、つまり「逃げ切り」ができるのです。

 言語を習得する上では、年齢に合った適切なアプローチで学ぶことが大切です。大学受験を学習のゴールとして設定するのではなく、本当に使えるレベルまで鍛えた上で受験を迎えるのが私どもの考え方です。そのために、クラスのなかで文法などを解説する日本人講師と、その実践をデモできるネイティブ講師とのチーム・ティーチングを多く行っていますし、iPadを使って自習できるアプリも開発して生徒に使ってもらっています。

(この項 続く)

2018年4月13日金曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(4)

キモはプログラムと教員の質


――新校舎を開設したということは、生徒の数が増えてきたからですね。

斉藤 昨年3月末での在籍者は学童保育100名、小学校低中学年の英語コースの生徒250名、小学校5年生以上の英語教室で2000名でした。今年3月初めに全体の合計が3600名を超えるまでになっています。

――1年間で5割以上増えたわけですね。よほどPRに力を入れているのでしょうね。

斉藤:J PREPでは広告宣伝については抑制的に展開しています。その費用をむしろ教材開発と、質の良い教師の確保に充てているつもりです。

――ファカルティ(講師)の陣容は?

斉藤 現在日本人講師が約50名、ネイティブ・スピーカの講師が30名ほどの構成です。ひとつのクラスで日本人講師とネイテイブ講師がチーム・ティーチングを行うのが当校の特徴です。

――ネイティブの講師は、すでに日本に居住している外国人を採用しているのですか。
斉藤 多くの外国人講師は世界中から応募して来てくれています。私がイェール大学で教鞭を執っていたネットワークからも来てくれています。出身大学としてはハーバード大学院、オックスフォード大学院、ロンドン大学などで学んだ外国人講師がいます。

――海外での採用は書類選考なのですね。

斉藤 いいえ、有力候補者ということになったら、飛行機代と宿泊費を当校が負担して来日してもらい、審査します。模擬授業までやってもらって、良い人を採用しています。

(この項 続く)

2018年4月12日木曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(3)

――本棚のレイアウトやライティング、リラックスできるオープン・スペースのデザインがとても洒落ています。
斉藤 設計してくれたのは、辻本祐介さんという方です。この新校舎の設計では、最先端のオフィスを開発してきたコクヨとチームを組んでくれたこともあり、機能性もとてもよく仕上がっています。良い仕事をしていただいて、大いに満足しています。

――辻本さんは、グッドデザイン賞を受賞したホテルや予備校のリノベーションなどに、いくつもかかわった方ですね。この校舎も建築作品として取材や見学の対象になるのでは。

斉藤 今でも、外を通りがかる方で中を覗き込む人の割合がとても多いです。学習塾だと気づくまで時間がかかるようです。

――棚にはTOEFLやSATなど留学英語試験の問題集もありますね。

斉藤 当校で一番上の学年というと、大学受験生です。今年度は国内大学受験で50名、海外大学受験で7名を指導しました。近年、卒業学年の約1割が海外大学に進学しています。国内大学受験組では、医学部に進学する生徒が多いです。医師のキャリアに英語力は不可欠ですからね。

――私も留学歴があり、よくわかるのですが、学部への留学は下手をするとMBA留学より難しい。

斉藤:J PREPからの海外進学組は、今まで全員が海外帰国子女というわけではありません。普通の中学生、高校生だったのですが、当校に通っているうちに刺激を受けてそのような志を持ってくれた生徒も数多くいます。

(この項 続く)

2018年4月11日水曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(2)

1年間で生徒が1250名増加


――先日は新校舎お披露目パーティにお呼びいただき、ありがとうございました。
斉藤淳氏(以下、斉藤) おかげさまで3月10日に新校舎に移設させてもらいました。この校舎は地下1階、地上7階で床面積が1,300平方メートル(約400坪)あります。約20名定員のクラスルームが16教室、地下階には自習ホールと教材を録音する複数のスタジオなどがあります。

――教室以外には?

斉藤 英語教育のほかに学童保育事業を運営しています。学校が終わった後の小学生を預かり指導しています。その施設に1フロアを、そのほかに7階はスタッフルーム、いわば事務フロアです。ここ1階はライブラリー兼ファカルティ・ラウンジ、チューター(個別指導)スペースとしました。

――このラウンジは壁もなく、オープン・スペースですね。

斉藤 はい、タイプが異なるテーブル類やソファまで備えて、カジュアルにリラックスできる空間を目指しました。すべてのテーブルの天板の下に電源があり、パソコンなどをどこでも使えるようにしています。

――居心地がよさそうですね。

斉藤 生徒が気軽にチューターに相談しやすいというか、遊びに来やすいような環境を目指しています。無料で飲めるコーヒー・サーバーも置いて、みんなが集まってくれるように、と。

――本棚に置かれているのは教材だけではありませんね。

斉藤 英語の絵本から始まって、英文学の古典や図鑑など、知的好奇心をそそるものを揃えています。欧米の大学で使われているテキストも置きました。

(この項 続く)

2018年4月10日火曜日

驚異の英語塾「J PREP」、ほぼ宣伝なしで生徒数激増…講師は海外一流大卒(1)

斉藤淳・J PREP 斉藤塾代表(左)。上智大学外国語学部英語学科卒業、イェール大学大学院政治学専攻博士課程修了、Ph D。ウェズリアン大学客員助教授、フランクリン・マーシャル大学助教授を経てイェール大学助教授、高麗大学客員教授を歴任後帰国し、J PREP 斉藤塾を起業。イェール大学助教授時代はセイブルック寮の舎監も務め、3年間にわたって学生と寝食を共に過ごす。これまで各大学で「日本政治」「国際政治学入門」「東アジアの国際関係」などの授業を英語で担当したほか、衆議院議員(2002-03年、山形4区)を務めた。


少子化という社会的大変動の影響を受けてきたのが教育産業である。学校だけでなく、大手予備校も規模の縮小を余儀なくされて、学習塾や進学塾も講義形式から個別指導へと商品の軸足を移してきている。

 学校以外での英語教育に目を移すと、需要は高い一方、多岐にわたるプログラムと教育機会が巷に溢れ、供給側の競争が激甚になっている。大手英会話学校だったNOVAやジオスの倒産も記憶に新しい。

 ところが、これら2つの不利が重なっていると見えるセグメントで、小学生から高校生までをターゲットとして英語教育を展開し、急成長している企業がある。この春、東京・渋谷に新校舎を開設したJ PREP斉藤塾の斉藤淳代表に、その志を聞いた。

1年間で生徒が1250名増加


(この項 続く)



2018年4月9日月曜日

カルビー、8年連続大増収を遂げた松本会長が、退任しなければならない理由(6)

4年でやめればよかった?



 松本会長は就任当初、4年で辞めると周囲に話していたと伝えられている。私の経験から言うと、松本会長のような経営者は「3年やればあきてしまう」。というのは、新しい会社に乗り込むと大いに張り切るし、興奮する。実際にアドレナリンが分泌されるのがわかるのだ。大きな改革をやり始め、その施策に結果が伴い、業績が上ぶれし始める。そしてそのドライブは加速して、3年目、4年目には業績はますます伸張する。不調に沈んでいた企業を再生したことで、そのプロ経営者はカリスマ経営者として一身に尊敬を集める。

 しかし、実はその絶頂時にはもう主な改革や改善のカードは切り終わっていることが多い。ある状況で戦略的に動けた将軍も、別の状況でまた新たな戦略がすぐに浮かぶというものでもない。つまり、ステージが変われば別のタイプの経営者に指揮権を譲るのがよいのだ。ちょうどプロ野球の監督が成功したとしても、数シーズン限りで交代していくようなものだ。

 松本会長の場合、2月にカルビーの創業家出身で松本氏を会長に招聘した松尾雅彦氏が死去したことも影響している。創業家、あるいはオーナーとプロ経営者の関係は微妙で、招聘したのに退任させるなどのケースも多く見られる。そんな関係に陥ることなく、よい関係のままでいた資本家が死去すると、プロ経営者としては後ろ盾を失ったような気がする。あるいは、その招聘者に対しての畏敬の念が強い場合、「俺はこの人のためにがんばるんだ」という気概に私もなったことがある。そうなると、「その人」がいなくなった場合には大きく経営意欲がそがれることがある。

 さまざまな要因が絡み合って松本会長はカルビーを卒業することを選択した。すでにいくつも次のポジションのオファーがあるという。転進して、ぜひ次に引き受ける会社も再生、あるいは十分に伸張させてほしい。松本会長のような経営者事例が出ると、続くプロ経営者が日本にも輩出されていくことだろう。さらば、勇者よ! また活躍する日を見ることを確信して。

(この項 終わり)

2018年4月8日日曜日

カルビー、8年連続大増収を遂げた松本会長が、退任しなければならない理由(5)

財務上の手詰まりを再び大きく改善する戦略的な環境も整っていない。カルビーはポテトチップスで国内シェアを71%も取っている(富士経済「2017年食品マーケティング便覧」より)。こんな巨大なシェアを実現したということで松本経営を囃す向きも多いのだが、そんな例外的ともいえる高いシェアは、「あとは落ちるだけ」ということだ。松本会長も内心は忸怩たる思いがあったのではないか。

カルビーの「巨大性ゆえのリスク」は製造面でも顕著だ。16年に北海道のポテト生産が天候不順のために大減産となった。各社ともそれを繰り返さないために、契約農家の確保に躍起となっているが、カルビーの場合、自らが希求するような供給量の増加を担保しきれていない。ここでも成長限界がきている。

 ポテトチップスに次ぐ柱として「フルグラ」が伸びてきているものの、その年間売上額はまだ300億円台と、カルビー全体の10%程度でしかない。私は、前出連載記事でカルビーが状況を打開できるのは海外関連だろう、と提言した。販売とポテト確保の両方の面である。

しかし、海外において不安定材料は、カルビーの2割の株式を有するペプシコの動向だ。09年に結んだ契約の特別条項が19年7月に終了し、ペプシコは出資比率を変えられるようになる。ペプシコは、お膝元の北米でカルビーがシェアを拡大させていく状況にどう関与していくのか。

(この項 続く)

2018年4月7日土曜日

カルビー、8年連続大増収を遂げた松本会長が、退任しなければならない理由(4)

私自身、8年前に現役経営者を引退するまで、37歳から22年間、6社で経営を任された、いわばプロ経営者の走りだった。プロ経営者が培った私の感懐、それがダイレクトに松本会長に入り込んでしまったのではないか。成功したプロ経営者の疲れ、というものが松本会長にあったとしたら、2つの領域が考えられる。一つは無限的な業績伸張への期待からの逃避願望だ。もう一つは自分を招聘してくれた資本家、あるいはオーナー、外資なら本社側の上司との関係だ。


好調すぎて手詰まりとなった



 松本会長がカルビーに着任したのが09年。松本時代のカルビーの業績は、素晴らしかった。09年のグループ連結年商額は1373億円だったが、直近の17年3月期のそれは2524億円だった。8年間もの間、毎年平均して約9.0%の成長を持続してきたことになる。多くの経営者ができることではない。

 営業利益の回復はさらに顕著だ。09年の対売上高営業利益率はほぼゼロだったのが、翌10年には早くも6%を超え、17年には11.4%と高い数値を実現した。

 ところが足元を見ると、カルビーでは18年3月期の予想を売り上げ2560億円(対前年比1.4%増)、営業利益275億円(同4.7%減)としているが、第3四半期は対前年で売り上げがマイナスとなっていて、年度末の通期増収を危ぶむ向きもある。そうなると、8年間続いてきた連続増収もストップしてしまうことになる。輝かしい改善実績を誇ってきたカリスマ経営者なら憮然としてしまう状況が近いのだ。

(この項 続く)

2018年4月6日金曜日

カルビー、8年連続大増収を遂げた松本会長が、退任しなければならない理由(3)

「3月中旬の週末、栃木県内で開かれた、カルビーの社内イベント終了後のこと。松本晃・会長兼CEOは一緒に食事をしていた伊藤秀二社長に、唐突に切り出した。『僕はもう今期で降りるわ、いい潮時だよ。僕が辞めた後も伊藤さん、カルビーをよろしくお願いします』」(3月29日付東洋経済オンライン記事『カルビー、「カリスマ経営者」突如退任の理由』より)

 この日を境にカルビー社内は大騒動となったと見られるし、3月27日に発表記者会見が行われるや、今度はカルビー外部のメディアも一斉にその理由などを憶測する状況が出現した。

2月に退任勧告をしていた

 私は2月16日記事『カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機』で、このカリスマ経営者に対しての次のような言葉を贈った。

「私も経験したことだが、外から乗り込んだプロ経営者も数年すると、改革のカードを切り終わってしまって、手詰まりになることがある。松本会長が活躍するステージを変えることも有用なこととなるのではないか。新天地でさらなるトラック・レコードを積み上げるのはどうだろう。」

(この項 続く)