2017年4月25日火曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(4)

大学卒業後のキャリアをみてみても、旭硝子から米国留学を経て日本IBMに転職、ここまでは平のサラリーマンだが、ファーストリテイリングの柳井正社長に見込まれて同社に参画、やがて02年に40歳で柳井氏の後継として社長に登用された。

しかし、05年には更迭されて同社を離れ、企業再生のリヴァンプを澤田貴司氏(現ファミリーマート社長)と創業して共同代表を務めた。

 そして10年に玉塚氏をローソンに招聘したのは、同社の新浪剛史社長(当時)だった。三菱商事から転籍してきた新浪氏は、ローソンで辣腕を振るい、カリスマ経営者として君臨していた。

 14年5月に新浪氏が会長に退き、玉塚氏が社長に就任するという人事が発表されたとき、私はそれを新浪氏が外部に転出するための準備だと予言した。果たしてそのすぐ後、6月に新浪氏のサントリー社長への転進が発表された。そもそも新浪氏が玉塚氏をローソンに招聘した時には、すでにサントリーへの転出を見据えてのことだった、とも評論した(14年11月24日付本サイト記事『サントリー新浪社長、就任まで4年越しの深慮遠謀』)。

(この項 続く)

2017年4月24日月曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(3)

私の分析に、後になって玉塚氏自身の認識が追いついたのではないか。玉塚氏が辞表を叩きつけるべきタイミングは、本当は昨年9月だったのではないか。育ちのよさは人を鷹揚にさせるのかもしれない。

 経営者としての玉塚氏のファンは多い。幼稚舎から大学まで慶應義塾という育ちのよさと、大学ではラグビー部のキャプテンを務めて、学生選手権や全日本で活躍した。

「ラグビーで鍛えた堂々たる体躯。身長は181センチ。甘いマスク。誰とでも一瞬にして打ち解けることができる。それが玉塚の最高のスキルである」(「週刊東洋経済」<東洋経済新報社/14年11月22号>より)

こう評された人間的な魅力などにより、その去就がいつもマスコミで報道されるスター経営者だった。


(この項 続く)

2017年4月23日日曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(2)

華麗な経歴、スター経営者・玉塚元一


12日の退任会見で、退任を考えたのはいつ頃かと問われた玉塚氏は、「今年の2月末ぐらいから。ちょうど三菱商事によるTOB(株式公開買い付け)が成立した直後というタイミングだった」と答えている。しかしTOBを行うことは、2016年9月に発表されていた。その時点でローソン株の33.4%を有していた筆頭株主の三菱商事が、さらに50%超まで株を公開で買い付けるという内容だ。

 その意図について私は当時、本連載記事で以下のように解説していた。

「私はずばり、玉塚元一会長CEO(最高経営責任者)への不信任の徹底ということにあるとみる。別の見方をすれば、6月に玉塚元社長が会長に上がったときに新社長COO(最高執行責任者)に就任した、三菱商事出身の竹増貞信氏への経営権集中ということだ」(2016年10月2日付記事『コンビニ、2強生き残りかけ最終戦争突入…ローソン、玉塚氏排除で三菱商事が直接経営』)

(この項 続く)

2017年4月22日土曜日

ローソン 玉塚元一会長 退任 スター経営者はどこへ行く(1)

Wikipediaより
4月12日の夜に、外資系企業の元経営者で著名な方からメールをいただいた。

「ネット情報によると、ローソンの玉塚さんが罷免されたようですね。」

 改めてニュースを見てみると、同社の玉塚元一会長が12日に開かれた取締役会で自ら退任を申し出たということで、罷免ということではない。5月30日の株主総会で正式に会長職と取締役を解かれて顧問に就任する、ということだ。

 しかし、退任という情報が誤って「罷免」として経営者仲間を駆け巡ったのは、それが突然のことであり、ローソンにおける玉塚経営への評価があったからのように思われる。


(この項 続く)

2017年4月21日金曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(8)

東芝の途をたどるのか



 中期的にニコンには、現在東芝に起きているようなことが起きるだろう。

 全事業のなかで唯一しっかり黒字を出しているのが、FPD露光装置である。東芝が虎の子の半導体事業の売却に動いているように、ニコンも数年するとこの部門を売却せざるを得ない場面がくるだろう。

 半導体露光装置からは、早晩撤退せざるを得ない。そしてその時に牛田社長が責任を取らなければ、会社としてのガバナンス体制が問われることになる。

 映像事業(主としてカメラ)は、いわば一眼レフ部門に逃げ込んで、一部のファンからの強い支持を受け続けることができるかもしれない。しかしその場合でも、17年3月期3,800億円と予想されるこの分野での年商も1,000億円を下回ることになる。
 結局、7,500億円の年商規模(17年3月期予想)のニコンが、会社全体として年商1,000億円に届かない会社になるシナリオである。その場合、社員数も7分の1にしないと、存続する算数が合わなくなる。

 名門企業に対してなんたる予想か、といわれるだろうが、カメラ業界を見渡せば、コニカはミノルタに合併され、そのコニカミノルタは06年にカメラから撤退した。ヤシカという会社は、今はない。京セラも05年にはカメラから撤退している。

 デジタルカメラの出現が銀塩フィルムのメーカーを駆逐し、今度はスマートフォンが出現したことにより、カメラ業界全体が淘汰されようとしている。クレイトン・クリステンセン博士が提唱した「イノベーションのジレンマ」現象がリアル・タイムで進行しているのだ。

(この項 終わり)

2017年4月20日木曜日

『残念な経営者誇れる経営者』 ランキング2位に

ブックエキスプレスは、JRが駅構内で展開している書店チェーン。大規模書店のひとつ。

4月20日(木)、新宿駅南口駅構内の同書店を見たら、拙著が「ビジネス書2位」として、写真のように掲出されていた。

昨日19日(水)は日本経済新聞朝刊に同書の広告が出たが、初めて私の顔写真があしらわれた。何かくすぐったいような気がする。

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(7)

 まずコンパクト・デジタルカメラの分野では、もう負け戦だ。前述したように、2月に投入予定していた新機種3種の発売を中止してしまった。

 次に3分野のなかで唯一市場が伸びているミラーレス・カメラでは、富士フイルムが1月に意欲的な新商品「FUJIFILM GFX50S」をリリースしている。同社の古森重隆会長は、次のように強い意欲を表明している。

「『デジタルカメラ市場の主役が、35ミリ一眼レフカメラからミラーレスに代わる歴史的な転換点だった』と後に言われるようにする、という決意表明です」(「週刊ダイヤモンド」<ダイヤモンド社/4月4日号>より)

 ニコンは結局カメラ・メーカーとしても、一眼レフ分野での特殊な高級機種メーカーとして名を残すだけであろう。フィルムの場合、富士フイルムにおけるコダックとの大きな違いは、強力なリーダーシップを持っていた古森重隆社長(当時、現会長兼CEO)の存在があった。そしてその古森社長が喚起に成功した全社的な危機意識である。

そんな経営者と組織にみなぎる危機意識が、ニコンには見当たらない。

(この項 続く)

2017年4月19日水曜日

ニコン、東芝の二の舞いの兆候…復活の富士フイルムと真逆、主力カメラも瀕死寸前(6)

コダックになるのか、富士フイルムになるのか



 ニコンの年商7,500億円のうち、映像事業は3,800億円を占めている(いずれも17年3月期予想)。ニコンはまだかろうじて半分強をカメラで稼いでいる会社だ。

 カメラ業界におけるこの20年間の技術革新は、関連する大企業をも巻き込み、勢力図の大きな変化を引き起こしてきた。

 デジタルカメラの導入により銀塩フィルム・メーカーは総崩れとなり、世界的な優良メーカーだったコダックは倒産し、一方の雄だった富士フイルムはその事業ポートフォリオをすっかり刷新して盛業してきている。フィルム・メーカーのそんな変遷を私は「イノベーションのジレンマ」セオリーで解説し、デジタルカメラがこの場合「破壊的技術」だとしてきた。

 今回、カメラ全体に対しての「破壊的技術」として台頭してきたのが、もちろんスマートフォンである。

 代表的なカメラメーカーであるニコンのカメラ製品ポートフォリオは、大きく3つある。コンパクト・デジタルカメラ、ミラーレス・カメラ、そして一眼レフカメラである。これら3つの分野でニコンはすでに第1位のシェア・ホルダーではない。

スマートフォンの挑戦にさらされているニコンは、この3分野のそれぞれで、どう戦おうとしているだろうか。
 
(この項 続く)