2014年2月16日日曜日

本を書く(10)

1987年に処女作を世に出してくれた新潮社の鍋谷契子副編集長は、実は大物編集者だった。

昨年だったか、松本清張の没後だか生誕だかを記念するNHKの1時間を超える番組があった。その半分近くに鍋谷さんが登場して、清張の思い出を語っていた。「清張番」としてあの大作家をプロデュースしていたのが鍋谷さんだった。

鍋谷さんが当時私に語ったことがある。
「作家の文章も私が手を入れます、直します。着想や構想は、それは作家にしかできませんけれど、、」
でも文章は私が、という言外の自負が出ていた。

そんな鍋谷さんに見いだして貰った私も運が良かったのだろう。


(この項 続く、しかし飛び飛び)
真央 3回転半決め好調