2017年12月31日日曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(9)

対談を終えて 山田の感想


 BNI VORTEXチャプターの例会に出席した印象は強烈だった。都内山手線の主要駅近くの貸し会議室がその会場。

 朝の7時からというので少し前に行くと、受付には私(ビジター)を担当するホストの方々が待ち構えていて、何かと世話を焼いてくれる。メンバー皆さんの出席率もよいし、時間通りどころか、その前には入室している。私のようなビジターが入室すると、メンバーの方がそれこそ列を成して名刺を差し出して挨拶をしてくれた。規律と積極性が素晴らしい。

 定例会の運営がまた流れるようにスムーズ。7時ちょうどに始まると、その月の役員紹介から始まって、自分が受けたい紹介をアピールする「プレゼンテーション」、なんと持ち時間わずか35秒! そしてビジターも自分と自分のビジネスを紹介する、これも35秒。メンバーの方は研修を受けているので、スムーズに発表していた。

 2名ほどが別枠で各5分やるのが「メイン・プレゼンテーション」で、これは週による順番だそうだ。新メンバーがいると初めの紹介プレゼンは10分間やってもらうとのこと。その後はまた全員が順番で、前週に果たしたリファーラルの数とその代表例を発表した。こちらも1人1分もない。

 とにかくその運営が恐ろしいまでにオーガナイズ、システム化されているのがBNIだ。各自のビジネスの拡大に実際に役立っているので、これほどまでに皆さん熱心なのだろう。

 最後にご参考までに、いただいたチャプターのメンバーリストの分類を以下に紹介して、本稿の終わりとしたい。

――保険・士業
――経営支援・コンサル
――建築・不動産
――ヘルス・ビューティー
――個人向けサービス
――広告・印刷・グラフィック
――IT関連
――飲食

(この項 終わり)

2017年12月30日土曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(8)

――堀岡プレジデントがBNI活動で直接恩恵を受けたことはどんなことがあったのでしょう。
堀岡 この夏、初の著書『第0印象』(さんが出版)を上梓しました。この本は副題を「第一印象に備える自分のつくり方」としていますが、主に海外の実験データなどを紹介しながら印象の大切さを著したものです。VORTEXチャプターの皆さんがお買い上げくださり、また知り合いの方に紹介してくださいました。そのおかげで、八重洲ブックセンターのビジネス書の11月第2週で2位、次週6位と2週続けてトップ10にランキングさせてもらいました。

――それはすごい。

堀岡 そのほか、アマゾンのレビューを投稿くださったり、皆さんにとてもお世話になり感謝しています。

――新プレジデントとして抱負とかは。

堀岡 任期は6カ月と限られているので、一生懸命努めたいと思っています。さいわい、他の役員の方からも力強いご協力をいただいています。

――具体的な目標などがあれば教えてください。

堀岡 「スリーセブン」というのを掲げさせてもらいました。VORTEXチャプターのメンバー数を私の任期末の18年3月までに70名にすること、年間ビジター数を700名にすること、そしてリファーラルから実現された成約金額のことを「サンキュー金額」と言うのですが、それをこのチャプター内だけで7億円にするということです。これは大きな目標になりますので実現はもう少し先になると思います。

――7億円を70人のチャプターメンバーに持ってくる、ということは、1人会員当たり1000万円のビジネス金額を挙げよう、ということですね。皆さん熱心に活動なさるモチベーションがよく理解できます。会員数も増やしたい、と。

堀岡 メンバー70名を目指していますので、定例会参加ご希望の方はこちらにご連絡願います。

――どうぞ目標に向かってお力を発揮なさってください。本日はどうもありがとうございました。

堀岡 ありがとうございました。また定例会に遊びにいらしてください。

(この項 後1回有り)

2017年12月29日金曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(7)

役員は持ちまわり、堀岡プレジデントも新任


――堀岡プレジデントはVORTEXチャプター発足時の立ち上げメンバーだったのですか。

堀岡 いいえ、1年ほど前に入会しました。実は、プレジデントにはこの10月に就任したばかりなのです。

――ご自分で立候補なさったのですか。

堀岡 いいえ。新プレジデント指名に関しては前期と現期の3役、計6名からなる「指名委員会」があり、この委員会が「次は堀岡さんに」と指名されたのです。3役の他の2人は新プレジデントが指名してお願いします。その他7名からなる10人の役員で運営をしており、任期は6カ月です。

――ずいぶんシステマティックなのですね。

堀岡 BNIはアメリカで創立以来、世界中のよいやり方を取り入れてきて、ルール化してきています。確かに合理的です。私たちのチャプターの会員数は51名なので、半年ごとに10名の役員が選任されその役員の下に補佐がいる、ということから、ほぼ全員が持ち回りでチャプターの運営に携わります。

 それぞれのチャプターはそこのメンバーによる自主運営が基本ですが、BNIとして運営の仕方が確立されているので、このように役員が交代してもやっていけるわけです。

(この項 続く)

2017年12月28日木曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(6)

――変わったところではチェリストや出張PCインストラクターの方もいらっしゃいますね。私が出席した定例会でお聞きしていたら、リファーラルが実ビジネスに結びついた頻度が一番高かったのは新宿のレストラン店長の方でした。
堀岡 BNIの目的が、メンバー相互のビジネス拡大ということですので、メンバー同士のビジネス利用もとても活発です。どうせ会食や接待をするなら、メンバーがやっているレストランへ行こう、と。例えば名刺を刷るならメンバーの印刷業の方に印刷をしてもらおう、ハンコならハンコをつくられている方にとなります。

――私は、自分のかかりつけ医の先生がVORTEXのメンバーです。マッサージや整体によくかかっている、と申し上げたら、BNI名刺ファイル(前回記事参照)から、メンバーのリンパ療法・骨格矯正の先生を紹介してくれました。

堀岡 どうでした?

――なんといっても信頼する医師の紹介でしたからさっそく予約を入れたら、2カ月先までいっぱいなんですね。「ミシュランで星を獲得したレストランみたいだな」と思いましたが、お世話になりましたよ。お上手でさすがでした。

堀岡 その方も、BNIのメンバーそしてリファーラルの恩恵をとても受けている例だと思います。

(この項 続く)

京大はタテカン撤去指導を無視すべきだ…言論活動は景観保護に優先する(5)

私は全共闘世代だ。大学構内にタテカンが出現して物議をかもした時代に学生時代を過ごした。タテカンを排斥しようとした側が持ち出したのは、「大学の美観」論だった。手づくりで粗暴、手書きなので粗野に映る、だから静謐であるべき大学のキャンパスにはふさわしくない、というのだ。

 しかし、大学運営や授業に対する不満、政治や体制、社会に対する世代としての大きな欲求不満の表出、そんな学生ならではの言論表出の手段として、タテカンは存続し続けた。「美観」と「言論」、どちらが本質的に重要なのか、大学人たちも本能的に理解していたからタテカンは定着していった。

 街中における街宣車が大きな声で四六時中、主張を訴えるのは、社会生活にとっては騒音となってしまうかもしれない。しかし、選挙期間中に選挙カーが街をまわるのを私たちは受け入れている。あれは、選挙期間中という時間的な限定の下に、言論活動が重要ということで受け入れられているのだ。選挙カーには時間的限定が付与され、タテカンには大学構内という場所的限定が与えられている。

 大学にのみ偏在するこの例外的な言論活動を、誰も迷惑をこうむっていない(つまり周辺住民はすでに地域の伝統として受け入れている)のにもかかわらず排斥するのは、自由な言論活動に対する弾圧だと私は見ている。

 そして、怖いのはそのような構造に気がつかないで、景観規制の論理をいたずらに学問と言論の府に適用しようとしている京都市役所の役人たちだ。

(この項 終わり)

2017年12月27日水曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(5)

堀岡プレジデントのチャプターは活発な活動を続けてきた


――日本でBNIはまだ発足10年強ですが、ずいぶんな伸長を果たしたわけですね。堀岡プレジデントのチャプターは?
堀岡 VORTEXというチャプター名は、「旋風を巻き起こす」という意味です。2014年10月に20名ほどで立ち上がりました。

――チャプターとして、VORTEXの規模感はどのようなものなのですか。

堀岡 現在私も含めて50名おります。日本にBNIのチャプターは246あって、平均のメンバー数は34.3名ですから、VORTEXは少し大きめのチャプターです。100名以上のメンバーがいるチャプターもあります。

――246あるチャプターのなかで、何か業績順位などはあるのですか。

堀岡 リファーラルの件数や、それによる売上額などの実績、定例会へのメンバーの参加率などさまざまな指標から各チャプターの成績表のようなレポートが作成されるのですが、おかげさまでVORTEXは近年上位に入っています。また3カ月以上にわたりメンバー50名をキープしたチャプターは「プラチナチャプター」という称号を与えられます。VORTEXはプラチナチャプターとして11月にアメリカで開催されたBNIグローバルコンベンションで表彰されました。

――活発に活動なさっていますね。メンバーになるには何か制限があるのですか。

堀岡 まれにウェブサイトからのお申し込みもありますが、大抵既存のメンバーの紹介があって、定例会にビジター参加してまずは体験していただきます。それから、これは重要なのですが、同じチャプターでは「1専門分野から1名限定」となっています。これは、チャプター内でビジネス上の競合が起こることを避けるためです。業種は問わないので、個人事業主、経営者、弁護士・会計士・税理士・労務士・コンサルタントなどのいわゆる士業、それから営業担当の社員の方などがメンバーです。

(この項 続く)

京大はタテカン撤去指導を無視すべきだ…言論活動は景観保護に優先する(4)

およそ、大学とタテカンには半世紀以上の共存の歴史がある。60年代に全共闘時代というのがあり、多くの大学がロックアウトされたり、タテカンの乱立の時代が始まった。当時のタテカンは政治的なメッセージに満ち溢れていた。

 時代は下り、現在の京大のタテカンを見ると、サークルの勧誘やイベントの告知など、非政治的なメッセージ、つまり広い意味での「屋外広告物」に堕したものが多い。しかし、そんななかにあっても、政治的なメッセージや大学を含む体制批判的なものも見られる。以前には当時の総長の辞任を要求するタテカンも掲出された。

 今回の京都市の指導に対して、「タテカンは条例違反という無粋」と書かれたタテカンも掲示されたが、なんともウィットに富み、この大学の学生の知的レベルが伺える。

 タテカンについての歴史や来歴、多彩なメッセージ性をみると、これを単なる屋外広告物という枠に押し込むのは無理がある。それでは何か、というと、言論活動の立派な媒体だ。

 憲法の第21条には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」とある。タテカンは往々にして反体制的であり、批判的な主張を含んできた。憲法で保障された言論活動であるからには、景観保全に優先するはずだ。そして、それが集中しているのは今や、関西では京大ばかりとなった。同志社も立命館も京都市の指導なるものを受け入れてしまっている。

(この項 続く)

2017年12月26日火曜日

京大はタテカン撤去指導を無視すべきだ…言論活動は景観保護に優先する(3)

タテカンは屋外広告物ではない、言論機関だ


 上記の定義により、京大のタテカンは営利を目的としない、政治的なものや主張を述べたものも含め規制・指導の対象となるとしているのだ。この秋、京大への指導を強めたのは「京大といえども特別な存在と認識していない」(京都市役所広告景観づくり推進室)という立場もあるうえに、今まで指導を受け入れてきた町の商業施設者が「どうして京大だけ特別扱いなのか」という苦情を寄せたともいわれているが、確認はされていない。

 玉川徹氏は前出番組内で「そんなことを言う人は前からの京都人ではないのだろう」と京都人的なコメントをしていた。京大生は伝統的にタテカンに対して寛容だ。現役の京大生も番組内で「京大生はタテカンが大好き」と、あっけらかんと話していた。

 そして過去の京大総長、副学長も以下のようにタテカンを許容してきた。

「立て看板は京大の文化です。思想性のある立て看板は他大学にはないし、禁止することはないと思っています」(尾池和夫氏、04年時総長)

「立て看板は京大生の大事なコミュニケーション手段。無くそうというつもりはありません」(東山紘久氏、04年時副学長)

(この項 続く)

2017年12月25日月曜日

京大はタテカン撤去指導を無視すべきだ…言論活動は景観保護に優先する(2)

京都市は景観づくりの一環として、屋外広告の表現を規制してきた

タテカンを責める側の京都市は、2012年から京大に対してその撤去を口頭指導してきたという。去る10月には文書で指導したことにより、問題が顕然化した。京都市役所広告景観づくり推進室は、次の2つの点を指導したとされる(12月11日放送のテレビ番組『羽鳥慎一モーニングショー』<テレビ朝日>より)。

・指導対象1:外に向かって置かれているタテカンは市長への申請、許可が必要であり、道路の不法占用にもあたる。
・指導対象2:敷地のなかに立てられているが、外からも見える。

 またタテカンは強固な設置物でないので、倒れるなどして通行人に危害を与える恐れもあるとしている。

 同番組に出演していたコメンテーターの玉川徹氏は京大OBで、タテカン擁護派だった。

「台風なんか何度だって京都に来ている」

 京都市がタテカンについて京大を指導した法的根拠として、タテカンは常時あるいは一定期間継続して屋外で公衆に表示される「屋外広告物」に該当すると判断したという。京都市がなぜ屋外広告物を規制するかというと、07年に施行した同市の「新景観政策」によるものだ。その基本方針として次のように謳っている。

「世界遺産周辺、良好な低層住宅地や歴史的な建造物が多く存在する地区など、地域の景観特性や市街地環境の特性、土地利用等を考慮して、屋外広告物が町並み景観や建築物と調和するよう規制・誘導しています」(京都市「京 みやこの景観ガイドライン」より)


(この項 続く)

2017年12月24日日曜日

リーダーズブートキャンプ第3期 戦略発表会


リーダーズブートキャンプ第3期が12月23日(土)に最終講を迎え、恒例の戦略発表会で幕を閉じた。

何度も手を加えてきた発表用ファイルを使って、皆堂々の成果発表。

箱田忠昭講師からは、「テキストが多く、プレゼンテーションとしては改良の余地が多い」との全体的な好評も頂いたが、発表用スライドがテンプレート式になっていて、選びに選んだ戦略カードを転記していく形式なので仕方がないところもある。

それでも工夫をこらして、写真資料などを追加スライドとして加えたりの創意もあった。
優秀発表賞が2名出たことがよろこばしい。

「山田先生、箱田先生はじめ先生方のすばらしい講義や受講生同士の活発なディスカッションで今まで考えたことの無い新しい学びの場でした」(終了アンケートから)

2017年12月23日土曜日

京大はタテカン撤去指導を無視すべきだ…言論活動は景観保護に優先する(1)

京都大学の名物ともいわれる立て看板、通称「タテカン」に対して京都市が撤去の指導を強めていることが議論を呼んでいる。

 京大の門の前、そしてキャンパスを巡る塀や柵には立てかけられた大きなタテカンを常時見ることができる。春の新学期には特に数を増すが、それ以外の時期でも京大からタテカンが絶えることはない。12月初め現在で40あまりのタテカンが設置されているそうだ。

 巨大なものは横6メートル、高さ3メートルに及ぶものもあり、いずれも一品ものの手づくりで、テキストやイラストはペンキを使った毒々しいとも取れる表現のものが多い。

 さて、京都市当局が目指そうとしているのは観光地・京都の「景観」維持だ。つまりタテカンは美的景観にはそぐわないという判断がある。一方、京大OBからあがっている擁護の声は「タテカンは京大の文化だ」というもの。タテカンの設置は遠く1960年代の全共闘時代(過激な学生運動のことだ)に始まり、半世紀の長い間親しまれ、いまや京大と一体の光景になっている、というのだ。

 しかし両者の主張が見落としているのは、「表現の自由」というより大きな視点だと私は思っている。

(この項 続く)

2017年12月21日木曜日

女性セブンにコメント 日馬富士事件を解説

女性セブン12・14日号「女将たちの関が原 不退転の貴乃花を支える景子さん」に私のコメントが。太字の部分は記事でも太字。

記事:

経営コンサルタントで評論家の山田修氏はこう見る。

「今回の暴行事件を『学校』に例えてみればわかりやすい。相撲協会は校長先生、貴乃花は担任の先生、貴ノ岩は普通の生徒です。横綱の日馬富士は競合野球部のエースピッチャーというところでしょうか。

生徒が大けがを負わされたわけですから、担任は当然警察に駆け込みます。ところが校長としては自分の責任問題にも及ぶので早く事情聴取したい。

それでも、担任は話を校長に持っていくと、”甲子園への出場がかかるエースの不正だけに、事実がうやむやにされてしまう”ことを危惧して、校長には話さないまま警察へ届け出た。
校長の立場もわかります。でも、まずは警察が暴行の事実を捜索する。その結果を待ってから相撲協会が処分を下す。それは自然なことではないでしょうか

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(4)

――BNIの活動を通じて大きなビジネスが結実した例は、こちらのチャプターではどんなものがありますか。
堀岡 定例会にビジターとしていらした会社の方から、年商800万円相当の継続的な注文をいただいた方が現メンバーにいます。また経営コンサルティングを展開しているメンバーがリファーラルでとある企業を紹介していただいた。するとその企業が商流の上流にいて、その商圏全体に仕事をいただけるとようになった事例などがあります。


2006年に始まり、急速に拡大している


――そもそも、BNIという組織で皆さんは何をなさり、何を目指して集まっていらっしゃるのですか。

堀岡 BNIを支えているのは、「GIVERS GAIN(ギバーズゲイン)」という理念です。これは、他の人のために行動すれば、その恩恵は巡り巡って自分に返って来る、という意味です。リファーラルを通じて、メンバー同士がお互いのビジネスの機会をつくる、結果として売上を伸ばす手助けをすることでメンバー全員が良い結果を得ることができるのです。

――どういう経緯で、アメリカでBNIは始まったのですか。

堀岡 BNIの創業者兼会長であるアイヴァン・マイズナー博士がまだ28歳だった1985年にさかのぼります。彼は当時アメリカ西海岸でビジネスコンサルタントのオフィスを構えていました。事業は順調だと思われていたのですが、突然大口顧客から契約を打ち切られてしまい苦境に立たされます。そこで売上を上げるために地元の事業者12名ほどを集めてリファーラル・マーケティングをスタートしました。それがきっかけです。当時は今日のような世界中で数十万人が集まるグローバル組織になるとは予想すらしていなかったようです。

 現在世界73カ国で22万人以上の経営者や事業主がメンバーになっています。世界最大級のビジネスミーティング組織となりました。

――日本では古くから活動しているのですか。

堀岡 06年に日本での活動が始まりました。日本ビー・エヌ・アイ株式会社の大野真徳代表取締役が、イギリスから帰国して日本で展開を始めたのです。大野代表はロンドンでBNIの会員だったそうです。日本では、ロータリークラブとライオンズクラブの会員数がそれぞれ約7万人といわれていますが、BNIもすでに8000名を超えるメンバーを擁しています。

(この項 続く)

2017年12月20日水曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(3)

――それから、「自分がほしいリファーラル」、つまりどんな点を特に紹介してほしいかを発表なさっていましたね。ひとりの発表時間が35秒しかなく、それにもかかわらず皆さんテキパキと発表なさっているのに感心しました。

堀岡 「プレゼンテーション・スキル」のトレーニング・プログラムがあります。他に「チャプター・ディベロップメント(グループ拡大の方法)」や、「ネットワーキング・スキル」などさまざまなトレーニングに参加することができます。新メンバーや役員に必須のトレーニングもあり、受講状況の有無についてはメンバーごとに評価される仕組みです。


リファーラル・マーケティングが機能している

――リファーラルというのは、実際には有効に機能しているのですか。

堀岡 私どものチャプターだけでなく、日本全体のBNIとして統計を取っているのですが、この1年間でリファーラルによってBNIのメンバーにもたらされたビジネスの総数は約78万件、総額は約579億円に上ると報告されています。

――ふーん、貴チャプターではそれぞれのメンバーの方が毎週1件以上のリファーラルを報告なさっていましたね。

堀岡 毎週の定例会では平均して合計100件のリファーラルが出席メンバーから報告されています。

――メンバーおひとりが年間で平均100件のリファーラルをもらっているという勘定になります。

堀岡 BNIの会費は初年度が登録費を含んで12万円(税別)、次年度から10万円(税別)となりますので、他のメンバーを通しての広告費、マーケティング費用と考えるととても効率がよいと思います。皆さんの定例会への参加率の高さ、熱心度を支えている状況が生まれています。BNIについて、メンバーの方は自分のビジネス活動、仕事だと考えています。

(この項 続く)

2017年12月19日火曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(2)

――定例会の進め方がとても組織立っていました。そもそも、ビジターにはお世話役を付けてくれて、隣に座って説明してくれたり、皆さんを紹介してくれてとても心強く感じました。

堀岡 ビジターの方は多いときは15名、少なくとも5名ほどはいらっしゃいます。大抵メンバーの紹介でおいでいただくのですが、おひとりずつに担当する「ご案内係」を付けます。

――会員の方は何人いらっしゃるのですか。

堀岡 私どものチャプターは現在51名です。BNIは日本全国で246のチャプターがあり、直近の総会員数は8000人を超えています。平均すると、各チャプターに34名のメンバーがいることになります。

――定例会の進め方がとてもシステマティックでした。他の異業種交流会では名刺交換パーティ型が主流なのとは大きく異なっていました。

堀岡 BNIの活動は「リファーラル・マーケティング」を中心に展開しています。リファーラルとは、信頼をもとに人脈やビジネスチャンスを紹介し合うことです。メンバー同士だけでなく、外部の方に他のメンバーやそのビジネスを紹介するのです。定例会では、その前の1週間に何件のリファーラルを行ったか、そして主なリファーラルの例を参加者全員が報告します。

――他の会員のことをすべて紹介しようとするのも大変ですね。
堀岡 メンバーはBNIが作成した「名刺ファイル」を持ち歩いています。このファイルには、当チャプターの自分以外の50名の名刺が数枚ずつ入っています。各メンバーは、他のメンバーの名刺を配り、紹介して説明するわけです。個別のミーティングをセットする場合もあります。

――私がお邪魔した定例会は朝の7時から9時までの120分間でしたが、流れるような運営でした。分刻みどころか、秒刻みの進行で、メンバーの皆さんがそれにしっかり付いて行っている。

堀岡 定例会の進行についてはしっかりフォーマット、進行手順がありまして、発表時間のリアルタイム表示もしています。持ち時間が過ぎると、ベルが鳴って終了しなければなりません。


(この項 続く)

2017年12月18日月曜日

巨大異業種交流組織・BNIの正体…会員8千人(1)

BNIの定例会
日本で経営者などがそれぞれの地場で参加する団体としては、ロータリークラブとライオンズクラブが知られている。両クラブとも、自ら標榜しているのは「社会奉仕団体」であるが、構成員の組み合わせから地域でのハイエンドな異業種経営者交流会という性格もある。

 一方で両クラブほどの知名度や規模はなくても、ビジネスパーソンの異業種交流会や名刺交換会などが各地で活発に開催されている。それらの多くが各地域で散発的に開催されるもので、日本全国を縦断して組織化されたものは上記の両クラブ以外には聞こえてこなかった。

 そんななか、両クラブの後を追って急速に拡大しているのが、BNIという異業種交流組織だ。

 BNI VORTEXチャプターの堀岡桂子プレジデントに、BNIのユニークな活動をうかがった。


朝7時から毎週集まる


――定例会にビジターとして参加させてもらい、皆さんの熱気に圧倒されました。
堀岡桂子氏(以下、堀岡) 私どものチャプターでは、毎週木曜日の朝7時から9時まで、原則全員参加の定例会を開いています。数名の役員やビジターホストと呼ばれる、お客様をサポートする担当者は定例会の前から準備を行い、アフターミーティングという後会(あとかい)にも参加をしています

(この項 続く)

2017年12月17日日曜日

メガバンクで幹部に戦略策定指導。


日曜日は、毎年末の恒例となった、某メガバンクでの幹部研修。

20名ほどを午後に戦略策定指導。最後の1時間は本社の頭取以下三役も出席してくれる。

頭取の出席があり、参加者の集中度はとても高い。また、大企業の幹部の皆さんということでその優秀度も高い。短時間の割りに充実したプログラムを遂行でき、銀行側の満足度も高かった。

時間が限られていたので、進行には気を使った。

2017年12月15日金曜日

白鵬が日馬富士暴行事件の主犯だった…「驕った横綱」、貴乃花親方追放を主導という蛮行(6)

競技者としての白鵬の実績、記録は比類ないものがある。記録だけを見れば平成の大横綱、あるいは不世出の大記録をたたき出すかもしれない。しかし、大相撲が体現してきた歴史と伝統を戴く最高位者としては、白鵬は近年私たちを幻滅し続けてきた。

 数年来の荒い取り組み、立ち会いの乱れ、勝負が付いた後の駄目押しなど、いやな記憶をたどれば切りがない。とどめは九州場所11日目の、勝負が付いた後の数分間にわたる審判員への抗議だった。大相撲では前代未聞の行動であり、見ていて恥ずかしさを覚えた大相撲ファンは私だけでなく、多くいた。

 大相撲の横綱の構成は現在不安定な状況になっている。日馬富士が引退し、鶴竜も稀勢の里も4場所連続の休場で引退の危機にある。競技的には一人横綱の責任を果たしているのが白鵬だ。だからこそ、驕りが増長していると言っては言い過ぎか。

 しかし、大相撲が日本の伝統と歴史を体現している以上、それにそぐわないのなら、たとえ無横綱時代がしばらく来たとしても、そのほうがましだと考え始めた好事家も多いのではないか。

(この項 終わり)

2017年12月14日木曜日

白鵬が日馬富士暴行事件の主犯だった…「驕った横綱」、貴乃花親方追放を主導という蛮行(5)

それを率いていたのが白鵬だ。この構図はまるで不良グループがいて、兄貴分の合図で舎弟が新参者をボコボコにして、兄貴が「そのくらいにしておけ」となだめるように装ったのと同じだ。横綱の品格などと言う前に、街のごろつきたちの所業と比べられてしまうのではないか。

 さらに、日馬富士の引退を受けて11月28日に八角理事長が行った「講話」の際、「貴乃花巡業部長を代えてほしい」などと発言したのが白鵬だったことが判明している。

事件の重要な当事者であり、責任を問われるべき人間が、それを警察沙汰にした人物を非難し追放しようとしている。こんな不当、不合理なことが許されてよいのだろうか。相撲協会は貴乃花親方と白鵬の、この暴力事件における立場を認識した上で、被害者側を擁護し加害者側を問責する動きを取ってほしい。

(この項 続く)

2017年12月13日水曜日

白鵬が日馬富士暴行事件の主犯だった…「驕った横綱」、貴乃花親方追放を主導という蛮行(4)

日馬富士暴行事件で関与があったのか



 万歳三唱を要請する前に、白鵬は次のようにアピールした。

「場所後に真実を話し、膿を出し切って日馬富士関と貴ノ岩関を再び土俵に上げてあげたい」

 この呼びかけに対して観衆からは拍手もあったが、おかしな話だ。白鵬はこの事件の現場で最高位の人物で、かつ殴打が起きたのは自分が貴ノ岩に説教を垂れていたその時なので、まさに当事者である。加害者側の当事者にしてトップの人物なのだ。

また、「週刊文春」(文藝春秋/12月7日号)によれば、白鵬の目配せをきっかけに日馬富士の暴行が始まったとする証言もある。

 カラオケのリモコンで日馬富士が殴り始めたところで、初めて「モノで殴るのはやめろ」と、止めに入ったとも報じられている。これは、モノを使わなければ殴ってもよい、オレのために鉄拳制裁を続けろ、ということになる。実際、止めが入るまで貴ノ岩は10数発も殴打され続けたという。人が10数発も殴られているのを止めに入らなかった、このグループは全体として加害者側というしかない

(この項 続く)

2017年12月12日火曜日

白鵬が日馬富士暴行事件の主犯だった…「驕った横綱」、貴乃花親方追放を主導という蛮行(3)

アメリカ発祥のスポーツはエンターテインメントの要素が強い



 アメリカ発祥で日本でも人気があるスポーツの代表が野球だろう。野球選手の挙措を観察しても、大相撲の礼儀とはおよそ大きな違いがある。

 野球ではまず「声を出せ」である。結果、草野球からプロ野球までベンチからの野次、相手チームや選手に対する罵詈雑言は聞くに堪えない。そしてそれが賞賛されるので私は嫌悪感を感じる。

 特に高校野球で見られる、一塁コーチの大げさな「セーフ・アピール」である。明らかにアウトの場面でも大きく手を広げてセーフだと主張する。誤った判断を要請するこうした行為に、どういう教育効果があるのか私には理解できない。合理主義、効率主義がはびこるアメリカ人が育てたスポーツは、勝敗至上主義、そしてプロとしての過剰なエンターテインメントが優先されている。

 大相撲は、アメリカ発祥のそんな浅薄な「スポーツ」ではない。何百年の歴史で磨かれた様式美をふくむ「伝統芸能」、あるいは「神事」でさえあるのだ。白鵬の万歳三唱を擁護したマツコ・デラックスは、そこを履き違えている。

(この項 続く)

2017年12月11日月曜日

白鵬が日馬富士暴行事件の主犯だった…「驕った横綱」、貴乃花親方追放を主導という蛮行(2)

また、勝者は退場の際に観客とハイタッチをすることが多い。それはベビー・フェイスと呼ばれる「勝ち組」がすることが多く、ヒールと呼ばれる「悪役側」は逆に観客席に乱入することで顧客とコミュニケーションを図り、評価される。

 白鵬が行った万歳三唱の呼びかけは、こうしたプロレスのコミュニケーションに通じるものである。それを許容してしまうと、大相撲をプロレスのほうに近づけていってしまうことになるのだ。

 優勝した力士が自分に対しての万歳を要請するというのは、「勝ち誇り」にほかならず、その誇示を許すと個々の取り組みの勝負でいえば、勝ったほうの力士がガッツポーズをしたり、喜びの声をあげるなどの行為につながる。そうなれば、負けたほうは「さがり」を叩きつける、土俵周りの桶などの備品を蹴飛ばすなどして、その悔しい感情を発露させてしまうだろう。

 日本の大相撲というのは、それらの見苦しい感情を押し包むところに伝統美を涵養してきた。大相撲は、勝敗においても礼節を重視してきた。勝った力士も負けた力士も感情を表すことなく、土俵の両端で再び対峙して一礼して終わる。白鵬の万歳三唱の要請は、そんな伝統の流れを踏みにじるものであり、相撲協会での討議では「厳重注意」より一段重い「譴責(けんせき)」も検討されたと報じられる所以である

(この項 続く)

2017年12月10日日曜日

白鵬が日馬富士暴行事件の主犯だった…「驕った横綱」、貴乃花親方追放を主導という蛮行(1)

白鵬(写真:日刊スポーツ/アフロ)
11月30日に東京・両国国技館で開かれた日本相撲協会の定例理事会に横綱・白鵬(32)が呼び出され、厳重注意された。11月26日の九州場所千秋楽、土俵横での優勝インタビューで観客に万歳三唱を促すなどした言動についてである。

 この言動は賛否両論を呼び、たとえばマツコ・デラックスは千秋楽の翌27日に放送された情報番組『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、「あの場で適切だったかどうかは別にして」と前置きしたうえで、「(騒動を)あの場に持ち込まれるよりは、あっけらかんと万歳三唱してくれたほうが、少なくともあの場にいるお客さんに対してはすごいサービスだった気がする」と擁護した。

 こうした擁護論は、大相撲という伝統競技の性格、本質を無視したもので首肯できない。


大相撲は野球やプロレスとは違う



 スポーツイベントの終了直後に勝者が観客に対して勝ち誇る究極の例がプロレスだろう。

勝った選手はリング4隅のコーナー・ポストに駆け上がり、チャンピオン・ベルトを掲げたり手を挙げたりするポーズをして、観衆に勝利をアピールする。加えてアメリカでは、マイク・アピールの巧拙が選手としての重要なセールス・ポイントとして評価される。アメリカのプロレス団体で日本人選手がなかなかトップとして遇されることが少ないのは、彼らの英語力の不足によるところが大きい。

(この項 続く)

2017年12月9日土曜日

「りらくる」爆成長の驚異的経営…セラピストの自由過ぎる働き方(10)

対談を終えて(山田の所感)



 りらくるといえば、2,980円(ニッキュッパー)という安値攻勢をかけて急成長をしてきたという印象を一般に持たれているのではないか。出上社長との対談で、その価格を実現できている店舗オペレーションの究極のコスト削減、そして先進的なITシステムによる入退店管理の構築に感心した。シェアリング・エコノミーのなかでも、特にワーク・シェアリングという分野で先行しているモデルケースだろう。

 今の段階では、セラピストの入退店マッチング、つまり内向きのシステムとしてIT管理システムを同社は使用している。次の段階としては、ウーバーのように消費者が使えるアプリを導入して、客の予約、そして自動的にセラピストの指名まで完了するところまで昇華させるとよい。

 そしてそこまでシステムをつくりこめば、本部側の管理業務は大幅に低減され、あるいは関与がまったく不要となる。そうなれば、現時点での目標、国内1,000店を達成した後には海外展開、特にアジアのマーケットが狙えるのではないか。ITのアプリ化を整備すれば、グローバルにそれを駆使することができる。ウーバーのように各国での直営モデルでもよいし、それぞれの国で地場パートナーにライセンシングするのもいいだろう。

 出上社長、38歳、りらくるのビジネスを在任中どこまで拡大していくのか、とても楽しみな経営者だ。

(この項 終わり)

2017年12月8日金曜日

「りらくる」爆成長の驚異的経営…セラピストの自由過ぎる働き方(9)

――これからさらに業容を拡大していく上で、経営上のネックはなんだとご判断ですか。
出上 「25年に1,000店を達成」という目標を16年に掲げました。これには3つの要素が必要です。
ひとつはお客様、つまり市場です。2つ目は店舗立地の確保。そして最後がセラピストの確保です。
りらくが提供しているリラクゼーション業の市場というのは大きくなる、と確信しています。ですから、市場の存在については問題ない。社員数は現在250名ほどですが、これもIT化を進めているので、そんなに増えることはないと思います。

――フランチャイズを考えていない、直営店路線なわけですね。自ら発掘しなければならない店舗の候補地はどうでしょう?
出上 店舗開発についても十分自信があります。現在でも月に3,000件ほどの居抜き物件情報が全国の業者から寄せられています。現在のオープン数は月5~6店ですから、店舗物件の確保には問題がありません。

――では、課題はなんでしょうか?
出上 セラピストの確保、これが最大のチャレンジだと思っています。現在でも週末などはお客様のご予約を30-40%お断りしているのが現状です。需要をこなしきれていない、セールス機会ロスが発生しているのですね。
 お客様からセラピストになる方も多いなど、私どもが提供している就業機会は魅力的なものだと思っています。就業の自由度は高いし、やり方次第で高収入も可能です。これらの魅力をますます高めて、就業へのハードルをさらに下げていくことによって、多くの方にセラピストとして参画してもらいたいと思っています。

――現在の売上金額などは?
出上 公開企業ではないので細部は公表していませんが、17年12月期は年商280億円ほどを予定しています。15年12月期は250億円ほどでして、対前年比110%の伸びを達成しました。

――本日はありがとうございました。ご発展をお祈りしています。
出上 ありがとうございました。またお店のほうにおいでください。

(この項 もう1回)

2017年12月7日木曜日

「りらくる」爆成長の驚異的経営…セラピストの自由過ぎる働き方(8)

――りらく社に応募したのは、どんなところに惹かれたのですか。
出上 私は以前からもみほぐしが好きだったんですね。当時は月に1回ほど行っていたでしょうか。でも、好きだからこそ、「もっと行きたい」「さらに行きたい」という気持ちが強かった。そんな自分だったので、りらく(当時の屋号)の価格やシステムは魅力的に映りましたし、伸びていくだろうと思いました。そして実際に急速に伸びていました。

――入社してからは事業推進部に属され、前述したIT化を推し進められたわけですね。
出上 おかげさまで、直面していた成長限界は打ち破ることができたと思います。その結果、地域戦略的にも大阪や関西に限定していたのが、関東を含めた全国に出店拡大を始めることができました。3回の昇進を経て、15年7月に2代目社長に就任させてもらいました。
――ヒラで入社して3年間の間に3回昇格して、社長ですか。やはり、その路線が敷かれていたように聞こえます。欧米の会社だとファスト・トラック(特別昇格予定路線とその対象者)といいます。




38歳の若手経営者、1,000店を達成して海外展開へ



――ITを活用したオペレーションのシステム化のほかには、どんな戦略をお打ちになってきたのですか。
出上 たとえば店舗同士は5km以上離す、というのもノウハウでした。しかし、IT導入のおかげでPOS(店頭)情報が充実し、需要があるとわかれば既存店へ近接する出店も行うようになってきました。

――出店戦略の見直しですね。
出上 はい。それから、以前はりらくるの出店戦略としてはロードサイドで家賃が安い、駐車場がある、といったモデルでした。必然的に都市部や繁華街は避けてきました。これも現在では駐車場がない出店、幹線道路以外への出店、つまりより市街地への出店も判断するようになりました。

(この項 続く)

2017年12月6日水曜日

「りらくる」爆成長の驚異的経営…セラピストの自由過ぎる働き方(7)

――それは、想像を絶するような管理体制ですね。
出上 これではさらなる成長、店舗やセラピストの増大に対応できない、ということで大胆にIT化に踏み切りました。今では店でもセラピストさんもタブレットなどで当社のシステムに入り、直接報告や登録を済ませることができます。
――顧客管理も大したものですね。


入社面接で社長就任を要請された



――社長はオペレーションのシステム化など、IT分野にお強いようですが、どのようなご経歴なのですか。
出上 大学を出てシステム会社でSEとして6年勤めました。転職していくつかの会社で経営企画の部門に10年ほどおりました。

――SEと経営企画ですか。りらく社のオペレーションをIT化するのに、本当に適したバックグラウンドだったのですね。りらく社にスカウトされたのですか。
出上 いいえ、12年に一般応募で普通に入社しました。ただ入社面接で創業者の竹之内教博(たけのうちゆきひろ)にいきなり「将来、社長になってもらうから入社してほしい」と言われたのには驚きました。

――創業者の方というのは?
出上 大阪で美容室を5、6店やっていた実業家でした。ビジネスの仕組みを考えるのに優れた経営者です。竹之内は基本的な当社のビジネスモデルを最初から展開していました。しかし、それをIT化することにより、さらなる業容拡大を志向していたのだと思います。

(この項 続く)

2017年12月5日火曜日

「りらくる」爆成長の驚異的経営…セラピストの自由過ぎる働き方(6)

すべてが紙とファックスで廻っていた



――御社の店舗には店長がいないのに驚きました。受付や事務担当のスタッフもいない。
出上幸典氏(以下、出上) どのセラピストがどの店に入店するかは流動的です。出勤したセラピストは誰でも予約の電話を取り、予約を受けます。セラピストは社員ではなく個人事業主で、当社は皆さんと業務委託契約を結ばせてもらっています。お店自体がセラピストによる商店街といった構造です。


――お店の掃除や現金管理は、誰がやることになるのですか。当番制などですか。
出上 掃除についても、売上金を銀行やコンビニのATMに入金してもらうのもセラピストにやってもらいます。若干ですが、それらに対する報酬を払います。売上金の入金トラブルが起きたことはありません。

――正直、床屋さんと同じような直接的なサービス業だと思っていたので、そんな先進的な経営モデルを意識的に実践されていることに感心しました。出上社長がこういう先進的なモデルをお考えになったのですか?
出上 私が主導してIT化へ舵をとりました。私は2012年に入社しまして、事業推進部という部署で店舗管理を行っていました。当時の店舗数は100店ほどでしたが、じきに150店となりまして……。

――業容が拡大して、問題が起きたと。
出上 はい。当時からビジネスモデルそのものは現在と同じだったのですが、その管理を紙で行っていたのです。

――店長がいないシステムですから、本社に紙が来ていたと。
出上 店の日報がファックスで来ていました。それ以上に、何千人にもなっていたセラピストの入店希望表がファックスで来ていました。本社ではそれらをITに再入力して、ヒトが判断して入店予定表をつくって、セラピスト各自にファックスで送り返すと。月々の支払いも事前に紙とファックスでセラピスト個々人に確認してもらっていました。


(この項 続く)

2017年12月4日月曜日

帝国ホテルで経営相談会

山田 修氏 

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2018年
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2017年12月3日日曜日

飯島三智の「3人セット売り」戦略の意図は? ビジネス評論家が「新しい地図」ブランド化を分析(5)

ビジネスの世界では、「力のある製品、あるいは技術は放っておいても世に出て行く。なぜならそれを買わない、採用しないのは顧客にとって損となるのだから」という考えが通用しがちなのですが、大きな間違い。マーケティングと戦略が優れていない限り、それらは世に出ていくことはありません。タレントが売れることも同じ構造です。


新しい途を行け、「新しい地図」

 「新しい地図」の活動は、ジャニーズが展開してきた活動ルールをいろいろな形で破っています。タレントの写真についての厳格な縛りをゆるめたこと、SNSを活用し始めたことなどです。この新しいやり方について、一部のファンからは「安っぽくなった」などの否定的な声も上がっているようですが、「新しい地図」の3人組が対面している状況は、ジャニーズ時代のものと違っています。ジャニーズのやり方を踏襲することは、逆に自らの手を縛ってしまう可能性があるのです。ここは一部の否定的な声は気にせずに、新しい3つセットのケーキの新しい売り方を考え、世間にアピールしていく方が、結果的に多くのファンを獲得できることになるでしょう。業界にジャニーズ事務所という巨人がいるのなら、逆にあえて別のやり方を取る、ということは効果を発揮する可能性があります。
 サイト「新しい地図 本格始動」をクリックすると、映像がスタートします。そこに現れるタイトルです。

「道なき道をいこう」
「こわくなんかない」
「もしも迷ったら 耳を澄まそう 誰かの笑い声がする方へ」
なかなかいいではありませんか。SMAPロス、これからだいぶ晴れるのではないでしょうか。
(この項 終わり)

2017年12月2日土曜日

飯島三智の「3人セット売り」戦略の意図は? ビジネス評論家が「新しい地図」ブランド化を分析(4)

しかし、ビジネスの現場は、それとは別の力で動きます。大手デパートのケーキ売り場のコーナーを押さえているJケーキ屋としては、そのコーナーを競合に渡したくはありません。というより、できるだけ拡張すべく日々精一杯やっているのです。
 そのJケーキ屋さんにいたプロデューサー・飯島さんとしては、そこにあえて割り込んでいく、ゼロからの戦いを仕掛けていくことが、どんなに大変なのか、よくわかっていたのかもしれません。
 そこであえて「既存売り場の奪取」という競争方法を取らないで、別の方法を構築したわけです。それが「新しい地図」サイトの構築であり、映画『クソ野郎と美しき世界』(来春公開予定)で3人を競演させる、というやり方。サイト「新しい地図」を9月22日に立ち上げた後に、堰を切ったように3人の個別での芸能活動を始めさせました。
 飯島さんという方は、ずいぶんなやり手な人だと私は評価します。番組を制作するプロデューサーとしてだけでなく、「新しい地図」ブランドの3人商品を売り込む方策に長けた優秀なマーケターであり、それらを総合した企業経営戦略家として活動しています。
 芸能人、タレントが個々に魅力的であれば、当然売れる、人気が出る、ということはありません能年玲奈がしばらく活動できなかった時期を過ぎて、「のん」として人気が復活している例がありますが、あれは例外。人気タレントが時代の経緯とともに消えていくというのが、いくらでもあるのが通例なのです。
(この項 続く)

2017年12月1日金曜日

飯島三智の「3人セット売り」戦略の意図は? ビジネス評論家が「新しい地図」ブランド化を分析(3)

■ジャニーズを忖度したのか、テレビ局

 これだけの話題のイベントであり、大変な人気の3人組の新しい動向となった『72時間ホンネテレビ』ですが、地上波テレビ局で紹介されることはありませんでした。元のケーキ屋さんが力を持っています。デパートには、そのケーキ屋さんがとても多くのケーキを卸しているので、各デパートのケーキ売り場責任者は“Jケーキ屋”の意向にとても敏感になっているのです。
 『72時間ホンネテレビ』を放映したAbemaTVは、サイバーエージェントとテレビ朝日が共同出資しています。テレビ朝日は、言ってみれば子会社が製作した番組なので、紹介するなどバックアップしてもいいのかなとも思うのですが、一切取り上げることはありませんでした(既報)。
 放送について絶大な影響力を持っているテレビ地上波各局は、つまりジャニーズ事務所に対して遠慮、配慮、あるいは今年の流行語である忖度をしているのでしょう。

新しいブランドと新しい露出チャネル

 SMAPとしての揃っての芸能活動は、昨年12月26日の『SMAP×SMAP』(関西テレビ・フジテレビ共同制作)で終了しました。稲垣、香取、草なぎの3 人が、「株式会社ジャニーズ事務所」を退社したのは今年の9月8日。その際、同社の創設者で代表取締役社長のジャニー喜多川氏は次のようなコメントを出しています。
「(略)この度3名が自分達の決意で異なる道を歩み始めますが、どこにいようとも。又どのような立場になろうとも、彼らを想う気持ちに変わりはありません。長年に渡って頑張ってきてくれた3人ですので、これからも沢山の人々に感動と幸せを届けてくれることと確信しています。(略)」(2017年6月18日 株式会社ジャニーズ事務所)
 とても父親的な、度量と愛情に富んだ送り出しコメントだと思います。私は、これをジャニー喜多川さんの本音だと受け止めました。
(この項 続く)