岩波文庫。「デンマルク国の話」も収載。
内村鑑三が明治27年(1894年)に講演した筆記録。キリスト教の先達、啓蒙者としての著者が人生に関する理想を述ぶる、清々しい話。いずれは死んでいく我々が現世に何を残していけるのか、カネか事業か、思想か。それらは万人に可能なモノでもないし、実は最大の遺物ともならない。「勇ましい高尚なる生涯である」と熱く説いている。
講話が行われたとき、内村は34才だという。時代を代表する思想家として、恐ろしく内外の教養に富む。特にキリスト教者として欧米の思想に博識で感心。明治27年の講演の筆記で、その年の話し言葉が佳く理解でき、既に現代語とほぼ同じ語りが実践されていたことが分かる。内村の講話者としての組み立て、話術も見事なモノで、講談的なリズムを刻みながら、聴衆を魅了して説得していっている。
ただ、内村への文学に対する造詣については疑問だ。源氏物語を女流だということで貶めているかと思うと、トーマス・グレイというイギリス人の300行ばかりの詩を絶賛している。あちらのモノを不用にありがたがる明治教養人の悪い性癖が感じられる。
それに、文章を書くと言うことについて、「思うように、喋るようにただ自然に書けばよいのだ」などと言っている。ご本人は文才に恵まれていたのかも知れないが、頁をものするために血尿を流すような苦しみをする文学者には戯言としか聞かれないだろう。
いろいろな面で理想論者の、いっそ裁ち切りの佳い話である。
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