2011年7月5日火曜日

「貞観政要」呉競書評86



著者は呉競、編訳者は守屋洋、徳間書店、1975年刊。
図書81(6月12日)で「帝王学 貞観政要の読み方」(山本七平、日経ビジネス文庫)を取り上げたところ、「こちらの方を読むように」として本書を強く推挙された。まあ、「帝王学、、」の評については、どちらかというと山本七平の方に興味が傾いた向きがある。本書の方がオリジナルとの近さという点では勝っているのだろう。

どこが勝っているかというと、呉競が著したという漢文(白文:レ点の無いもの-レ点と書いても分かる人の方が少ないだろうが)と、その読み下し文を掲げているところだろう。この両方について、編訳者の守屋は
「漢文愛好家への配慮であって、一般の読者はこの部分をとばして読んでいただいていっこうにかまわない」
としている。
守屋のその他の役割は、オリジナルの漢文の訳文を掲げていることと、各項目で解説を書いていることである。まあ、分かりやすい構成だ。
ただし「解題」で
「古来から、帝王学のほとんど唯一のテキストとして珍重されてきた秘密」
という表記は、東洋学者の牽強付会で、西洋には本書に対応すべき「君主論」(マキャベリ)があることはいわずもがな。「君主論」の書評も本ブログで取り上げていて、本日のタイトル・クリックでリンクを張ってある。

内容に入る前に字数が尽きたので、もう1回取り上げる。

2011年7月4日月曜日

三遊亭 勉強会 小咄四題を発表



三遊亭圓窓師匠に、インサイトラーニング所属の講師10名が稽古を付けて貰う、今日は2回目。今期が第2期で、初参加が半分の5名。初参加者は恒例として小咄を披露して、師匠から公開稽古を付けて貰う。

私もデスクの上に座布団を引いた稽古高座に座り、20分ほど特訓を受けた。「春の七草」から「セリ2題」、「秋の七草」から「女郎花」、そして「鼠の嫁入り」。イヤー、小咄でこんなに絞られるのに、来月当てられている「変わり目」は古典で、その前の方の一部分とはいえ、20分以上を披露しなければならない。

本日は、圓窓師匠の紋が入った手ぬぐいと、扇子を購入した。いずれも落語につきものの小道具。

「おっ、山田君、扇子を仕入れたんだね」
「はい、落語の扇子をあげたいんです」

お後がよろしいようで。

2011年7月3日日曜日

「フォーカス」アル・ライズ書評85




海と月社、2007年刊。

原書は1996年刊で、著者の処女出版。
以前に同じ著者の「マーケティング脳vsマネジメント脳」を図書41として取り上げ、酷評した(本日のブログ・タイトルからリンク)。「経営者を左脳(論理的)思考者、マーケターを右脳(感覚的)思考者と都合よくかつ根拠なく分類し、ポイントを先鋭化して論を立てている」など指摘した。

処女作では、「偉大な経営者はマーケティング上がりが多い」との記述が初めの方にあり、「いよいよご都合主義のコンサル作家か」と眉をひそめた。

しかし、読み進むにつれ、本書の方には評価が高まった。その才能を示した処女作を終世超えられず、あとは最初のものの焼き直しで終わってしまう芥川賞作家って結構居る。この著者とこの著作ももしかしたらそのようなものかも知れない。

どこがよいかというと、「フォーカス」って北米版ランチェスター戦略なわけだ。ランチェスター戦略はカタカナを使っているが、純粋の和製セオリーでかつ学会セオリーでないこともあり、海外では評価以前に全く知られていない。もしかしたらアル・ライズはどこかでランチェスター戦略を仕入れたのではないかと思われるほど、彼の主張はランチェスター戦略に引きつけて理解することが出来る。そして、その主張を証明する、欧米での有名企業の事例をとてもたくさん紹介している。だから、説得力もある。

日本の誰かが、ランチェスター戦略の欧米文献を出すと良いのでは。学問的には意味のあることになると思うのだが。

フィリップス ライティング 同窓会



フィリップス時代の部下の人たちが夕食会を開いてくれて、参加。

秘書だったAさんが定年退職で引退したこと、マーケティング・マネジャーだったTさんがアメリカの著名外資のマネジャーに就任したこと、私の新著のことなどを祝う主旨。その他に、ドイツの外資の社長を勤めているMさん、1部上場企業で要職を務めているN女子が参集。

Aさんの退任により、ついにフィリップスで現役の人は居なくなった。皆、所属は変わってきたが、それぞれに活躍してきてくれたことは嬉しい。

2011年7月1日金曜日

サンダーバード日本同窓会



先週、伊藤さんという方からメールをいただいた。母校サンダーバードの日本同窓会長に新任されたという。そのメールは、同窓生のメーリング・リストという形で同報配信された。伊藤さんのアドレスもあったので返信したところ、「山田さんは昔同窓会長をなさっていた方ですか」などのやりとりがあった。

3回目のこちらからのメールで、今回の新著のことと、経営者ブートキャンプのことをお知らせして「数名のサンダーバード卒業生も来ているのでよければ(ブートキャンプの)サイトを覗いて欲しい」とご案内した。

すると、面妖なことに
「これは何というメールか。私はあなたのメーリング・リストに乗せて良いというような許諾をした覚えはない」
という返事が来て、つまり「以後つつしんでほしい」との剣幕だった。

私は、「(卒業生であるあなたに)ブートキャンプのことをお知らせしようと思ったわけですけど」
と返答した。

おかしな成り行きである。そもそも最初に連絡が来たのが伊藤さんからのメーリング・リストで私はそれに収載される許可を出していない。アドレスは本校から手に入れたと言っているが、それも許可していない。

そもそも伊藤さんが同窓会長に選出されたプロセスに、卒業生である私は知らされていない(別に元同窓会長だからということではない)。だから、私たちのアドレスを扱うどのような正当性が確保されたのか。「自称」ではないかと言われたらどうするのか。

次に私が出した案内は伊藤さん向けのもので、メーリング・リストではない。元同窓会長から新同窓会長への好意的なお知らせをなぜ素直に聞けないのだろう。

卒業生で私の著作を読んでくれていたりするひとが多いのは事実だ。同窓会のネットワークで、卒業生の著作情報をやりとりすることを何を嫌悪することがあるのだろう。同窓会長という立場とはあまり整合性のない反応だったと思うがどうだろうか。

2011年6月29日水曜日

「プロフェッショナル・リーダー」アマゾン書評に興味深い1件



本日現在6件のレビューが投稿されている。5件はおかげさまで星5つという評価。

「星一つ」という評価が1件。私自身もアマゾンに投稿する書評には星一つから五つまで付ける。つまり、他人様の評価にはとやかく言えないし、尊重すべきだという立場だ。

ちなみにこの「星一つ」という評は次のようなものだ。


17 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
「相変わらずの低レベル
5人の雁首並べても、たいした講師がいない。なぜこの人たちが凄いのか?理解できない。特にリクルート上りは玉石混合、まさにそれを如実に示してくれる良書だ。軽く薄い、中身で要は経営者JPの宣伝だ。宣伝費の代わりに出版ではいかがなものか。」(本日のブログ・タイトルからリンクを張った)

「相変わらず」という言葉から共著者の誰かの読者だとうかがえる。本そのもの、あるいは共著者・編者でない「経営者JP]という指摘が出てくるということは、逆に何らかの関係があった人と思われる。

実は、アマゾンのレビューはいろいろつつき回すと、投稿者の実名が表示される(!)という仕組みになっている。私も時々辛口「星一つ」の投稿(私のアマゾンIDは「香港」という)をすることがあるのだが、そのうち著者の皆さんから直接の反論をいただくこともあるのではないか。そんなことがあれば楽しいかも知れない。

戦略学会、研究会「サービスサイエンス」(2)




二つ目の発表は、とある研究団体の方によるもの。テーマは「サービス・サイエンス」。

「サービス・サイエンス」概念の発祥は、2005年にIBMによって提唱されたものだとのこと。「サービス・サイエンス」の現状やらこれからのことについて報告をしてくれた。関連して、「そもそも最初の時の考え方は、、」という説明もあり、司会の先生とやりとりがあった。

私が挙手して発言したのは、
「2005年にIBMが提唱したということですね。その時は既にメインフレームの時代が終わり、パソコン事業を手放そうとしていたときな訳です。IBMとしては(ハードではなく)サービスで生きていく他はなかった」
「そこでそれを宣言するアドバルーンとして何か“かっこいい”言葉が必要だったということでは。ぶち上げることが重要で、その内容やコンセプトがしっかりしていたとは限らないのでは」
ということだった。

私もただの仮説というか、「ありそうな思い付き」を述べたわけだが、発表者の報告も仮説な訳なので私のコメントも否定されない。研究者やコンサルタントの出席者が多く、経営者からの視点には虚を突かれたような成り行きだった。

2011年6月28日火曜日

戦略学会、研究会「サービスサイエンス」(1)



国際経営戦略研究学会の理論・実践研究会に参加。今夕は二つの発表に対して発言。

一つ目は日本を代表する重電器メーカーの方が、自社を事例として開陳しながら「サービス事業化と利益創出モデル」について発表。

縷々説明してくれて、QAで私が貴社の売上げ(数兆円!)のうち、サービスでの売上げはどれだけあるのですか?と尋ねた。残念ながら、数字が上がっていないということで、推定も難しいということだ。

この報告の視点は、学術的な分析と並んで、経営幹部への提言ということだった。しかし、私が経営陣なら、推奨されるサービス事業の総売上や、何より利益の推定値が示され、それをどうシフトするとどのように利益構造が変わるのかというシナリオ(それももちろん推定で良い)を話してもらえなければ、とても困ることだと思った。だがそのことは表明しなかった。

「経営幹部が会社を潰す!」連載(17)



◆腹をくくって、経営チームを見直せ

そうすると、「社長の次に重要な」役員や部門長などの経営幹部に目を向けることになる。経営会議などの構成員である自社の経営チームの出来・不出来が、決定的に重要というわけだ。
経営チームの人数がたとえば10名近くいる場合、全員が「現在も」有能ということはない。前回(2011.3.8 No.11-044)、「経営幹部は有能だ」と述べた。しかし実は「有能だったから昇進してきた」が真実であり、今現在では「成功の復讐」に捕らわれてしまった幹部と、そうでない幹部がいる。
「成功の復讐」に捕らわれて「今では有能とは言えない」幹部は、排除しなければならない。経営チームに数名、必ずいるはずだ。そんな幹部がいるから、会社の業績が遅滞してしまっているのだ。

2011年6月26日日曜日

「プロフェッショナルリーダーの教科書」(4)書評84




第5講「プロフェッショナルリーダーの条件」を講義してくれたのが、経営者JPを創業した井上和幸氏。本書の帯では「社長のヘッドハンター」と異名されているが、私は「日本一のヘッドハンター」と紹介している。

前職がリクルート・エグゼクティブ社のトップ・コンサルタント。今までに面談したエグゼクティブは6千人を超えたという。経営幹部以上の転職は、エゴンゼンダ-やスペンサー・スチュアートなどの外資系がトップを張っていたものだが、リクルート・エグゼクティブが活動を開始してから、締結案件数で独走してしまった。そして、その枢要を担ったのが井上さんだった。

経営者JPとして独立してからも、昨年日本で一番優秀とする幹部斡旋人材業の賞を、法人と個人コンサルタントの両方で受賞してしまっている。「日本一の社長ヘッドハンター」なわけだ。

その井上講師が説く第5講は、キャリア開発をめざすエグゼクティブや候補にとって大きな示唆に富んでいる。「お墨付き人材とお値打ち人材」など、是非読んで欲しい。

2011年6月25日土曜日

「プロフェッショナルリーダーの教科書」(3)




本書も無事発刊となった。できるだけ多くの経営者やマネジャーの方々に参考にしていただきたい。
第4講「潰されない会社の作り方」を講じてくれているのは、福田秀人氏。同書の帯では「ランチェスター戦略の権威」と紹介され、ランチェスター戦略学会の副会長である。立教大学院の教授などを歴任され、学者でもあられるが、私は「戦う教授」と裏でお呼びしている。

経営者の集まりである経営者ブートキャンプに、例外的に教授である福田さんにお出ましをいただいたのは、福田さんが元経営者、しかも何社も手がけてきているという実践があるからだ。その実践の体験から、本書でも「下手なイノベーション・セオリーに惑わされることなく、ランチェスター戦略を学び、応用しよう」と呼びかけてくれている。

全国470万企業の99.7%は大企業でない。そうであるとすると、北米発の諸々の競争戦略より、福田さんの指摘から学べることの方が大きい。

2011年6月23日木曜日

「経営幹部が会社を潰す!」連載(17)



最も重要なのは社長だけれど

 企業組織をピラミッド型の階層で考えてみよう(右下の<図>参照)。業績への責任も影響力も、階層の上にいくほど大きくなってくる。だから一番重要な存在は当然、トップに座る社長自身だ。
とすると、企業の業績を上げようとする組織改革で一番効果的なのは、社長を交代させることとなる。実際に、雇われ社長として業績不振の会社に6回も乗り込んだ私の場合、すべての会社の業績が大きく回復するなどした。業績が経営者の資質に大きくよっていることは間違いない。
しかし多くの企業では、「経営者の交代」などという荒技は想定外であり、いつも視野に入れておくような選択肢ではない。

「戦略サファリ」ヘンリー・ミンツバーグ(5)

第8章「パワー・スクール」は大著である本書の中でも、際だって貧弱な章である。

まず、このスクール(学説グループ)を立てるだけの文献の集合が少ない。そして有力な文献がない。それにもかわらずスクール立てをしたのは、ミンツバーグの思い入れがあったからだろう。

しかし、そのミンツバーグ本人からして、しっかりした論理構成が出来ているようには思えない。例えば冒頭に次のような記述がある。

営利組織の目的が、経済市場において「合法的に」競争をすることであるならば、「政治的」というレッテルは、いわゆる合法的ではない行為に対して用いられるに違いないからだ。言い換えれば、非合法的、ないしは完全には合法的ではないと言うことである。

この引用部分には、論理的に二つの破綻がある。一つは、「政治的」という言葉の対義語が(引用部分の前のところを一生懸命探したあげく)「経済的」という語であると理解できる。「経済的」と「政治的」が対義語-対立概念-であるということへの理論立て、説得に大いに欠けている。

次に、「政治的」であるということが「非合法的」あるいは「合法的ではない」ということの証明である。証明以前に、論理が単純に繋がっていない。

この章全体の貧弱さと相まって、大ミンツバーグはこの章を起草しているとき酔っ払っていたのではないか。何しろ大著なのでそんな時もあったのでは。

2011年6月21日火曜日

「戦略サファリ」ヘンリー・ミンツバーグ(4)

「直観力」、だよね。

「戦略サファリ」は大著で、かつ突っ込みどころの多い文献なので、まだ取り上げている。本日は、第6章「コグニティブ・スクール」から。

サイモンの指摘、「直観と判断、少なくとも良い判断は、単に分析が固まって習慣になったもので、認知を通じて早い反応が出来るようになったものである」を引用した上で、「しかし、この見解には疑問の余地がある」とミンツバーグは批判している。

ミンツバーグに同感である。大体、サイモンの「経営行動」はおよそ分かりにくい書物で、私は分かりにくい書物というのは論理立てに欠陥がある、少なくとも素直な流れでないから分かりにくいと思っている。一方、分かりにくい学説を立てる学者を珍重する向きはずいぶんあり、サイモンがノーベル賞を受賞したことと矛盾しない。

ミンツバーグは、サイモンのコメントを紹介した後に対照的な、エドウィン・ランドがポラロイド・カメラのアイデアを自分の中で収斂させた状況のことを紹介している。それは、3才になる娘が、「写した写真をなぜすぐ見れないのか」という疑問を提出したことから、一気に収斂したという。

偉大なアイデアは-それにはとても有効でしかし突飛に思われる経営戦略も含まれる-が創出される契機にはそのようなものが多い。私の場合で言えば、ぼけーっとして、あーでもない、こーでもない、としているときに「あー、これだ」と思いついたことがある。どうもサイモンの方のアプローチではないような。

経営者ブートキャンプのサイトが開設




第3期が進行中の、経営者ブートキャンプに専用サイトが開設された。在校生や卒業生の生の声なども載っている。
http://www.keieisha.jp/kbc/

志高き経営トップ・リーダー達が、集い、学び、執行する最高の場を。

本日のブログ・タイトルからもリンクを。

2011年6月20日月曜日

「プロフェッショナルリーダーの教科書」(2)




第3講を講義してくれているのが池本克之氏。
池本さんは、化粧品のドクター・シーラボ社を通販に特化させ大成長させ、上場させた。その後ネットプライス社の経営を引き受け、これも上場に導いた。現在は「経営プロコーチ」としてコンサルタントとして活躍中。

池本さんの得意分野はネットや通販なわけだが、それは外に対しての販売チャネル形態にすぎない。もちろん経営者として企業という全組織を率いていたわけだ。池本さんの講義をクラスで拝聴していると、そのお人柄から来る素晴らしいリーダーシップがよく分かる。

池本さんの個人としての基本的な哲学は「困っている人を助ける」ということだという。そこから醸成されてきた社員の巻き込み方はとてもユニークだが有効なものである。いわく、「社員と友達になろう」「朝早く行きたくなる職場にしよう」「小さなことを多数回祝おう」他である。
このようなアプローチで、社長就任で売上げを400倍にしたわけだ。400倍に売上げを伸ばした経営者など、上場企業で他に出現したのかしら?

2011年6月19日日曜日

「戦略サファリ」ヘンリー・ミンツバーグ(3)

第7章「ラーニング・スクール」から何点か。

こんな記述が。
「なぜなら、現場の行動に最も密接に繋がっている部隊の最前線が、戦略に対して最も大きい影響力を持つからだ」

どうしてそんなことが言い切れるのだろうか。戦略に対して影響力を持つモデルはいくらでも有り得るし、事業会社により異なるだろう。上述のように断定できるのなら、次の章の「パワー・スクール」での議論、すなわち「誰が戦略決定に影響力を行使するのか」などは不要と成るはずである。

戦略形成プロセスのところでの「ホンダの北米マーケットにおけるオートバイ市場参入」のケースがおもしろい。
BCGが当初分析・報告したのが、ホンダはその参入に当たり「注意深く考え抜かれた計画的戦略」によりそれを実行・成功したという。1975年の報告であった。
ところが1984年のリチャード・パスカルの後追い研究が発表された。パスカルは実際にホンダで現地での参入を実施したマネジャーにインタビューして確かめたという。それによれば「特に戦略があったわけではないのです」、と。
当初ホンダは北米で中型オートバイを売ろうと考えていたが、全くだめで、担当マネジャーが事務所の周りの足として使っていたスーパー・カブ(50cc)が現地で話題になり、売り出したところ、爆発的な人気を呼んだという。つまりMarket Pullそれも偶然の産物で、競争戦略論の領域でなかったという。

最初のBCGレポートは絵に描いたような(虚構の)競争戦略を叙述し、皮肉なことにパスカルの報告で覆されるまではハーバードなどの名だたるBスクールで「参入戦略の典型的な成功事例」教材として教えられたと言う。

著名コンサルの中身が透けて見える話ではないか。

「プロフェッショナルリーダーの教科書」山田修 他 (1) 書評84




東洋経済新報社、6月23日発刊。自著に書評を加えるのもなじまないので、共著者を順次紹介。私との関係に焦点を当てる。4名の共著者が居るので、4回にわたり書く。

新 将命 氏:「伝説の外資カリスマ経営者」
私が20代の終わりの頃(つまり30年以上も前、コーニング社に勤めていた時代)新さんのお名前は既に外資の世界でとどろいていた。
「日本コカコーラにすごい日本人が居て、30代の部長なのに年収xx貰っているんだって」
と同僚の平社員から聞いたのが初めてだった。xxとは2千万円だったか。とにかく
「スゲー」
と思い、
「いやー、そんなになれればいいね」
「でもとてもそんなの無理だ」
などという会話があったことを記憶している。

私がフィリップスライティング社の社長に着任したとき、新さんは日本フィリップス社で代表取締役副社長だった。後者は日本におけるフィリップスグループの地域本部会社(コーポレート)だった。それから2年ほど直接親しく経営を教えて貰い、それから兄事させてもらって今に至っている。私の人生のロールモデルだ。経営し、話し、書き、教えて上げる。

そのご人徳の故に、様々な有為な人材が新さんを取り囲んでいて、沢山の人を紹介して貰った。別の共著者である井上和幸さんも新さんを通じての出会いだ。

新さんは、私たち後輩経営者にいつも励ましと勇気を与えてくれる。私にとっては、現世にいらっしゃる最後のメンターでもある。どうかいつまでもお元気で、私たちの経営者ブートキャンプ運動を見守っていただきたい。

2011年6月18日土曜日

「プロフェッショナル・リーダーの教科書」見本刷り成る




東洋経済新報社から見本刷りが送られてきた。いよいよ、6月23日刊行。

2011年6月17日金曜日

三遊亭 勉強会 小咄三題




三遊亭圓窓師匠に学ぶ落語勉強会、幹事から連絡があり、「三つの小咄を次回披露するように」。

私に割り当てられたのは
「ネズミの嫁入り」
「女郎花(おみなえし)」
「芹(せり)」

どうやって決まったかって?それは「競り」で決められたんですよ。
お後がよろしいようで。

「戦略サファリ」ヘンリー・ミンツバーグ(2)


「戦略サファリ」での10のスクールの一つに「アントレプレナー・スクール」が立てられている。その中で「起業家的人格」という項目があり、「企業創設者」という研究(コリンズとムーア)が次の知見を提出したと紹介されている。

「子供の頃から何かを成し遂げること、独立することに対して強い欲求を持っていた、タフで実践主義の人々の姿である。それぞれの起業家たちは、人生のある時点で非常に困難な状況に直面し(「アイデンティティの崩壊」)、そこが独立の契機となったのである。」

これは私のことかと思うほど、描写が立ちふさがった。ただ、私は家族から独立したのだけれど、ビジネス的に独立したり起業したわけではない。

経営者としての私についての研究インタビューが今年発表されていて、それは本日のブログ・タイトルをクリックするとリンクが張ってある。

2011年6月16日木曜日

「経営幹部が会社を潰す!」連載(16)



◆戦略力は学ぶもの

幹部に対して一番期待するのは、戦略の立案とその展開力である。
有効な戦略は、まず自社や自業界以外のことを知ることからはじまる。本を読んだり異業種交流をしたりして、「セオリーと知識」を仕入れさせなければならない。次に、自社や自部門の現状を分析し、直面している重要な経営課題を識別・認識する能力も必要だ。
課題認識ができたら、それに対する可能な限りの解決策を想定し、その中から最も有効と思われるものを選択する。これが戦略となる。これらのことをコミュニケータブルで説得力のあるステップにまとめたものを、「戦略シナリオ」と私は呼んでいる。
この一連のステップは、実は学習により幹部たちに獲得してもらえる。下の<図>は、私が提唱・伝授している「戦略カードとシナリオ・ライティング」による戦略立案の概念図である。市販の情報カードを使い、「目標」「課題」「解決策」「派生問題と対処」などの各ステップで、アイデアを戦略カードに書き込む。それぞれ多数のカードを出し、絞り込んでゆく。残ったカードがそのまま戦略シナリオになる。これを論理的にかつ想像力をもって膨らませ、創造・展開していく、という手法だ。
是非参考にして、貴社の幹部の皆さんの能力開発に役立ててほしい。

「戦略サファリ」ヘンリー・ミンツバーグ(1) 書評83




齋藤嘉則 監訳、東洋経済新報社、1999年。原書は1998年。

20世紀における戦略セオリーのカタログと思えばよい。それまでの先行文献や研究を10のスクール(グループ)に分けて、それぞれの特徴や批判を掲げている。ミンツバーグの前には戦略論というのは数十年の歴史しかないので、とても微に入り細に入り、という具合だ。参考文献として掲げられているものも膨大で、この時点までの戦略セオリーの事典としての性格も強い。

大著であることもあるし、網羅的な文献である。経営はエキサイティングな行為であるが、経営学は退屈な営為であることが理解できる。国文学の専門分野で、「研究史の研究」がそうだった。源氏物語で言えば、あれが書き上げられたとたんに興味の対象となり、それはすなわち研究の始まりで、源氏物語の研究は何と1千年もの歴史がある。書かれた文献は無慮数千件(たぶん万の単位の研究文献!)。というわけで「研究史の研究」という学問分野が存在するに至る。

「戦略サファリ」が取り上げている研究史の時間枠は数十年しかないので、その網羅性は恐ろしく、網羅すれば網羅するほど退屈な分類作業となる。

ミンツバーグは戦略論におけるグル(教祖)の一人だそうだが、自分のオリジナルをはっきり打ち出せないこのような学説紹介作業は、学者としてもエキサイティングでない領域だと忖度する。

とはいえ、後学の私たちには益のある作業で、つまり誰かがやってくれればありがたい便利な整理なので、この本の整理に触発されて後数回取り上げることにする。

2011年6月13日月曜日

三遊亭圓窓師匠に弟子入り



弟子入り、といってもインサイトラーニング社縁の講師たちで本日から始まった落語習得会。参加者はインサイトラーニング社の箱田忠昭御大(社長)初め、十名。「講しっ子連」という名前を貰った全6回、今日からは第2期が始まり、それに参加させて貰った。

師匠が見本として4席の小ネタを実演してくれる。実に贅沢。私は古典落語の「変わり目」を割り当てられる。
小ネタとはいえ、20分以上の、デビュー演目としては大ネタの部類。ちなみに私は全く落語の経験や素養などはない。

日本一の講演セミナー講師として隠れもない箱田先生がこのキャリアにしてなおこのような勉強会を企画、主宰されていることにまた感心。私も「いい年をして」などと思わず、素直に勉強の機会を喜びたい。「家で大きな声を出して稽古するように」と師匠から指導された。さて、どんな反応が出ることやら。

2011年6月12日日曜日

「シェア」ボッツマン+ロジャース 書評82




NHK出版、2010年12月刊。経営者ブートキャンプ第3期生からの「他の受講生に読んで貰いたい私からの3冊」で出て来た本。

とてもおもしろい。「おもしろい」ということは「知らないことを沢山教えて貰えた」という意味。
自転車を地域内で共同で使い回すという例などは知られてきているが、そのような実社会での共同消費や貸し借りなどの事例から始まり、メインな内容としてはインターネットを介在したそのようなサービスを多数紹介し、その背景を解説している。

インターネットの発明は、第2の産業革命だったわけだが、私たちはその黎明期に生きていて、この新しい産業革命がどの方向に進んでいくのか不透明感を持っていたかと思う。

インターネットはますメールなどの導入や、サイト検索などにより知識の同時性や通信の即時性を導入した。
次の段階としては、種々のSNSの普及により人々の結びつきをつまり、社会的な変革をもたらしつつある。
中近東ではこれらのビークルを背景にして革命まで起こってしまっている。

そして、本書では消費行動ーそれは供給する側からみればビジネス行動-まで大きく変容し始めていることを示した。私は5年ほど前に
「Web2.0などと言われ始めているが そんなものは実態としてどこにあるのか、大きな現象として起きているのか」
と疑問を呈した。本書を読むと、インターネットを媒介として個人や消費者がとても大きな規模でマルチに直接繋がり始めたことが分かる。第2の産業革命はこの方向に進んでいくのだろうか。

2011年6月11日土曜日

修羅場の定義




本日は、経営者ブートキャンプ第3期の2講目。クラスの一コマで「経営者にとっての修羅場体験」を話す。こんな単元は経営学にはないので、私の体験談を開陳した。

「修羅場」の定義としては次を掲げた。
次の三つを兼ね備えた出来事。
― 決定的な負(ビジネス上、キャリア上)の可能性がある
― 深刻な心理的なプレッシャー
― 予断を許さない状況の持続 (数週間以上)

「修羅場」は経営者に何を残すか
それを体験して経営者として勝ち残れれば次の幾つか、あるいは全部が起こる
― 経営に対する価値観の確立
― プレッシャー状態への強靱な耐性
― 意思決定のスピードの向上、確信感の向上
― 自身と、外部から(部下も含む)の評価の高まり

問題は、「修羅場」など求めても体験できるものではないこと、そして上述のような資質が得られたとしても
重ねて経験したいものではないこと(苦痛を伴う)

2011年6月10日金曜日

学会の部会で活発に討議する



国際戦略経営研究学会の「グローバル戦略研究部会」に出席。
二つの発表。「変革プロジェクトにおけるITプロフェッショナル」と「日経多国籍企業の真正町戦略に向けて」。

発表者(それぞれ経営学の教授)が30分発表、質疑討議が20分の進行。私も活発に発言。当たり前だがレベルが高く、おもしろい。

終わって、有志で飲みに行ったら、私ともう一人以外、6名全員が経営学の教授、准教授といった面子となった。経営実務家の方が珍しいと言うことで、いろいろ意見を聞かれた。

2011年6月9日木曜日

「経営幹部が会社を潰す!」連載(15)



◆「成功の復讐」に捉われる幹部たち

企業の中で、20年、30年という長い時間枠での選抜を幹部たちは駆け上がってきた。それには、積み上げてきた貢献があったわけだ。だから幹部たちは自信にあふれている。自信があるから声も出るし、リーダーシップに優れている。また、チームを率いて実績を出してきている。だから幹部たちは、コミュニケーション能力にも秀でている。
ところが、これらの過去の成功体験が、今となっては曲者なのだ。
というのは、経営者や幹部となると、その役割は、会社の進む方向を見極め決めること、すなわち経営戦略を立てることに大きな比重が置かれる。戦略とは、わかりやすく言えば「ビジネスのやり方」だ。つまり、「戦略を考えろ」と言うことは、「やり方を変えろ」と言わざるを得ない状況に企業が直面していることを意味する。
それなのに幹部たちは、「成功の復讐」とも言うべき「成功体験」に捉われて、「変われない」「考えつかない」「変えさせない」ことが多い。

「帝王学 貞観政要の読み方」山本七平 書評81



日経ビジネス文庫。オリジナルは1983年刊。
学習院大学在学時代、国語学の演習で大野晋先生が冒頭に、「日本人とユダヤ人を読んだ。いやー、こんなにおもしろい本は久しぶりに読んだ」と高揚して話してくれた。大野先生ほどの大碩学・大知性を興奮させた書物はいかなるものがと、早速私も読了したことを覚えている。

ユダヤ人やキリスト教に関する深い造詣を元に評論活動を出発させた著書がその後日本人論へと進み、さらに漢籍にまで守備範囲を広げていたことはおぼろに知っていたことではあるが、「日本人とユダヤ人」以降のものは読まず嫌いでいた。基本的に評論には興味がない。

今回、経営者ブートキャンプの参加社から「推薦図書」の一つに挙げられたので文庫版を入手、読了した。内容よりも、著者の知識人としての幅の広さに感銘を受けた。漢籍とキリスト教では洋の両極であり、両方を自家薬籠中のものとして論じることは難しい。例えばあの司馬遼太郎でさえ、欧米についてのコメントは余り足に地が付いていたものとは言い難い。

浅見貞男という聖書学者は、山本七平が掲げた論点の幾つかについて正確度に掛けることなど批判しているが、学者による重箱の隅の突っつきと言うべきだろう。今回の図書を読了しての山本七平の知性の太さに対しての驚きは、イザヤ・ベンダさんとしての登場の時と変わらない。

2011年6月7日火曜日

「経営者の器」連載記事 3回目を書く



8月に出る戦略に関する新著(日本実業出版社)の原稿に5月はかかっていて、ようやく脱稿して編集の段階に入って、私は一段落。締め切りが近くなっていた別の原稿に手を付けた。

三菱UFJコンサルに依頼されて、月1回のオンライン連載記事を書いている。昨年、6回にわたって掲載されたものは、終了したので了解を取って本ブログで間断的に連載している(「経営幹部が会社を潰す」)。

現在進行しているのは、第2シリーズで、表題によるもの。本日脱稿したのはその3回目。オンラインでのシリーズ発信が全て終わって後、内容を開示していいことになっている執筆契約。秋以降に本ブログで順次連載するつもり。

2011年6月3日金曜日

「組織論」桑田耕太郎・田尾雅夫 書評80



有斐閣アルマ、2010年増補改訂版刊。

こちらの方は、「入門書」(初版はし書き)としつつ、これまでの先行学説を相当程度に引用しながら概説している。スコープは広いし、引用文献が豊富なので入っていこうと思えば深い。組織やモチベーション、リーダーシップについて学者がいかにくまなく重箱の隅をつつき回したかがよく分かる。

この本自体は良書である。経営学の中で組織論を概観したい向きにはお勧め。

「組織デザイン」沼上幹 書評79



日経文庫、2004年刊。

幾つかの企業セミナーで組織のことを話す予定になっているので、推奨参考書を当たっている。この本は分かりやすくまとまっている。

沼上幹の本は、「経営戦略の思考法」(日本経済新聞出版社、2009年刊)を、経営者ブートキャンプの前期で課題図書の1冊として取り上げ、クラスで報告して貰った。この本については、本ブログ「図書60」でも取り上げ、本日のタイトル・クリックからリンクが張ってある。その時の感想もそうだったが、沼上は先行学説を分かりやすく整理してまとめることに長けている。

ということで、この1冊もよくこなれている。

「経営幹部が会社を潰す!」連載(14)




幹部に足りないものは「戦略立案力」
(有)MBA経営 代表 山田 修

◆経営幹部は有能だ
 私は拙著(フォレスト出版)にて『あなたの会社は部長がつぶす!』とか、この連載でも「経営幹部が会社を潰す!」などと刺激的な指摘をしている。
しかし逆説的だが、「経営幹部ってやっぱり有能なんだ」とも評価している。
それはそうだろう。組織規模が数十人、数百人の中から見込まれて責任のある立場を任されている。相対的に言えば幹部の皆さんは、社内で有能な人材であるはずだ。
しかしながら「経営幹部が有能」と言ったとき、その内容には注釈が必要となる。どんなところが有能なのか、ということだ。

りそなマネジメントスクールで戦略・組織論を担当



24期を数える、りそなマネジメントスクールは、計11講ほぼ1年に渡る月次トップ・セミナーだ。最後はオプションではあるが、海外視察旅行まであるという。参加者も東京・大阪で各60名という充実ぶりである。

その、第6講となる「組織・運営戦略」を丸1日ずつ東京・大阪両方での出講を頼まれていた。実施が9月ということで、今週その打ち合わせ。例によって「出来るだけ、体験談や本当のエピソードを交えながら展開して欲しい」とのこと。「戦略カードとシナリオ・ライティング」のさわりも演習として少し入れることとした。

クライアント同士を紹介




経営者・役員の皆さんに戦略立案指導をした地方クライアントが飲食系のフランチャイズを展開している。今年2月のフランチャイズ・ショーに出展したところ、問い合わせ件数で上位数社に入った注目チェーンである。

一方、部長8名を預かり、部門戦略立案兼部長研修を半年に展開してきた東京のクライアントがあった。こちらの方は、従来のメインの事業以外での展開を模索していた。

私は、後者が既に保有している経営資源が、前者のフランチャイズ・ビジネスにとても適していると見た。今週、前者でFC開発を担当している取締役の方を帯同して、後者の社長以下を訪問、紹介の労を執らせて貰った。

2時間弱のミーティングとなり、両者とも興味の度合いが高まった。両方とも私が指導した会社同士なので、実際のビジネスが始まることになればとても喜ばしいこととなる。期待している。

数兆円企業の小会社経営者への講演依頼




6月の株主総会で、今年も多数の新取締役が選任される。新経営者、新役員が輩出される季節がやってきた。

日本を代表する某大手企業から、関連小会社での新経営者、新役員たちに向けてこの時期に開講している6日間セミナーの最終講での講話を頼まれた。出講は7月であるが、今週その打ち合わせを本社側の人事部と行う。

本社から出向というか、派遣される形の新経営者の皆さんだという。私の体験談、エピソードを出来るだけ話して欲しい、とのコトなので「新しい会社で私がやったこと」というのをタイトルにしようかと思っている。

ご本社の部長職と、小会社といえど社長では、その実感は恐ろしく違う。組織の大小に関係なく、トップというのは一人しか居なくて、とても特殊なポジションなわけだ。これはやはり体験者が話すのが一番良いと思う。

皆さんの参考になる話として、そのプログラムの締めくくりとなるべく準備をするつもりだ。

2011年5月31日火曜日

「経営幹部が会社を潰す!」連載(13)




◆「参謀」と「鬼軍曹」、どちらを「将校」に育てる?

さて問題は、誰を「将校」に育てていくかということだ。「将校」からは「将軍」、すなわち「経営者」が出るわけだから、この選択は重要だ。「兵隊」からすぐ「将校」にはなりえないので、「参謀」か「鬼軍曹」から選ぶことになる。
この答えは、「参謀」から抜擢、あるいは育成すべきだ。
なぜなら、「将校」ともなると会社全体の戦略やら方針やらを決める立場にあたる。全体が進む方向を決める立場には、「判断力がある」ことが絶対不可欠である。「参謀」の中から、組織全体に影響力を行使できるような部長を見出し、その傾向を伸ばしていくように指導して、「将校」に抜擢していくのが、企業100年の計となるのだ。

2011年5月27日金曜日

次の本(単著)は8月20頃



日本実業出版社から刊行する次の著者(こちらは単著)は脱稿していて、昨日編集部長と打ち合わせ。

何点か書き膨らますことなど了解。発刊時については営業的な見地から8月20頃となった。

現下のビジネス書のベストセラーの一つに「ストーリーとしての競争戦略」(楠木建、東洋経済新報社)がある。「戦略本」のカテゴリーに私の本は参入することになる。300ページほど、1,800円定価か。タイトルはこれから詰める。

戦略の実際の立て方、私の経営体験事例、既存の競争戦略セオリー批判 の三つが三本柱。
「とてもおもしろい文章ですいすい読めてしまった」とは担当編集氏。

2011年5月25日水曜日

池本克之氏とチャリティー・セミナー収録




「上場請負経営者」の異名で知られる池本氏は、経営者ブートキャンプの特別講師でもある。

その池本さんが、東北大震災のためのチャリティー・セミナーを主宰してくれるというので、出演を喜んで引き受けた。

その収録というのが池本さんらしく、両方とも事務所にいたままでSKYPEにより遠隔ビデオ対話をして、それをそのままビデオ収録、編集して来月配信するとのこと。

初めてのことなので、朝方接続に20分ほどかかったが、無事60分強収録した。テーマは「危機の時にこそ活用できる繁栄の黄金律」といったところか(仮のタイトル)。インターネットで配信と言うことで、その仕組みにも興味が持たれる。

2011年5月24日火曜日

「経営学入門」十川廣國 書評78



中央経済社、2006年刊。同著者による「経営学イノベーション」シリーズの第1巻。
第2巻の「経営戦略論」(こちらは、各章を専門研究者が分担執筆:本日のブログ・タイトルのクリックで拙書評にリンクが)を紹介した折に購読していた。

著者は商学博士ではあるが経営学の著書を幾つも。この本自体は学部学生向けのテキストのような位置づけ。拙書評で紹介することにしたのは、「第5章企業の目的と経営戦略」に、納得できる指摘があったから。

「ミンツバーグらの研究によると、計画的戦略(意図的戦略:山田注)が一つの極として位置づけられ、創発的戦略がもう一方の極として位置づけられることになる」(119ページ)

「戦略策定は計画、創発という2本の足で歩くと考えられなければならないものである」(120ページ)

「(両者は)それぞれ独立に存在するものではなく、それぞれを両極として連続的な直線上に位置しているものであり」(120ページ)

欧米の学説の受け売り、あるいは解説に終わらず新しい視点を提出しているし、何より経営現場からの実感からも納得感がある説明と評価できる。

第5章だけのために1冊買う価値がある。

2011年5月23日月曜日

「プロフェッショナル・リーダーの教科書」新著の表紙




「経営者ブートキャンプ公式副読本」と銘打たれた5人本。無敵の講師陣が各1章ずつを分担して勝ち残り伸びていく経営者の要件を鋭く指摘した。6月20日配本予定で、今回は表紙が上がってきた。

2011年5月21日土曜日

SMBCコンサルで公開セミナー2講義



SMBCコンサルティングで部長など上級幹部対象の公開セミナー。

午前中は、「経営戦略の立て方と使い方」
午後は  「部長のコミュニケーション力強化」

土曜日だったが、午前、午後も20名以上の参加。大阪から新幹線組も。アンケートの評点は上々。

2011年5月20日金曜日

「組織戦略の考え方」沼上幹 書評77



ちくま新書2003年刊。著者の本は、「図書60 経営戦略思考法」で取り上げた(本日のブログタイトルのクリックでリンクを張った)。既存学説の解説が分かりやすいところが評価が高かった。

今日のこの本では、第4章の「欲求階層説の誤用」という主張というか、論理の立て方に難を唱えたい。
「欲求階層説」とは例の、マズローの5段階欲求階層説のことだ。

沼上はまず、マズローの説は実証されていない、とマズローの説明を受け入れない立場を取っている。これはマズロー説全体に対してのものだ。ところが、その後の沼上の主張は、「第5段階よりも第4段階の方が重要だ」というのだ。

おかしいではないか。論の成立を全否定したはずのセオリーなのに、次にはその1部を自分の主張に引きつけている。

これだけでも沼上の立論は成立しないのだが、さらに具体的に引用すると
「だから一番真剣に考えなければならないのは、、自己実現欲求なのではなく、承認・尊厳欲求の部分だと私には思われてならない」
と言っている。

マズローの方を「実証されていない」として、自分の方は「思われてならない」?どこに実証があるのだろうか。
沼上の主張の内容についての当否を私は指摘しているのではない。何を言うにしても、これではそれが論理的に成立していないよ、ということを指摘しているのだ。

大野晋先生



前々回のブログで国語学者のことを書いた。私が学習院大学の国文科に入学したのは1967年のことだった。高校生で知るよしもなかったのだが、当時の学習院大学の国文科は、教授の顔ぶれといった点ではまさに日本一だった。江戸時代文学では、麻生磯次、宮本三郎、諏訪春雄。源氏物語の松尾聡。上代文学では五味智英。それぞれの分野でこの國の最高権威の学者がそろっていた。

そして国語学では何と言っても大野晋(すすむ)。大野先生は晩年の日本語:タミル語関連説の提唱で孤高の戦いを選ばれたが、上代語から平安言葉までの古語については今に至るも追随を許さない。大ベストセラー「日本語練習帖」(岩波新書)で一般には知られるが、その日本語への博識から一流作家にも心酔者が多く、「作家の家庭教師」とも言われた。

大野先生の告別式に駆けつけて焼香の列に並んだら、弔辞が既に始まっていた。途中から聞いたのだが、その格式の高いことに一驚して思わず既に並んでいるご婦人に、
「これはどなたですか」と尋ねると、
「丸谷才一ですよ」
と、諭された。葬儀委員長は井上ひさしが勤め、出棺の際の挨拶も遺族に代わってしていた。
日本語学者を気取るのなら、金田一京助ほどの、大野晋ほどの達成をしてもらいたい。

「経営幹部が会社を潰す!」連載(12)





◆それでは誰を育てるのか?


全ての社員は、「勤勉さ」「頭のよさ」の2つの基準で分けることができる。
<図>「誰を将校に?」

参謀
将校

  兵隊
 
鬼軍曹

<図>の横軸は「働きのよい社員/よくない社員」、そして縦軸は「頭がよい社員/よくない社員」という基準を示す。
縦軸でいう「頭がよい」とは、「状況判断が的確」という意味である。ビジネスの場面では、「物覚えがよい」ことよりも「判断力がある」という頭のよさが重要だからだ。
この2つの基準により、社員は4つの象限に分類される。図に示した「将校」(幹部)、「参謀」、「鬼軍曹」そして「兵隊」(一般社員)である。
「参謀」にあたる社員としては、企画や広告、財務などのスタッフ職、「鬼軍曹」にあたる社員としては、現場監督や営業の第一線にいる管理職などが典型となろう。
それぞれの象限の割合は、「将校」が全体の5%、「参謀」と「鬼軍曹」が管理職ということでそれぞれ10%、残りの75%が「兵隊」(一般社員)となる。多くの会社の組成と、それほど違和感がないはずだ。