「山田さん、全部読んでみたいので、残りを書いて貰えますか」
私は図々しく答えたモノだ。
「お宅で出してくれるなら、書きます」。
鍋谷さんは電話口で少し詰まって、そして言った。
「それではウチで出しますから、書いてください」
こうして私の処女作『アメリカンビジネススクール決算期』は世に出て、ベストセラーとして迎えられた。1987年のことだった。
新潮社、新潮社、それはクォリティーという点では岩波書店に次ぐような業界ビッグネームである。私の出版歴がここから始まり、商業的にも成功したことから、今に至るまで私の拙著作が刊行されることに大いに有利に働いている。
鍋谷さん、ありがとう。今はどうしておいででしょう。この鍋谷さんという人は実は、、
(この項 続く、しかし飛び飛び)