松本会長が打とうとしたもうひとつの大きな一手は、後退してしまった。それは北米事業だ。松本会長が着任する前、06年にカルビーは現地でのジャガイモ生産会社大手であるR. D. Offutt Companyと合弁でCalbee North America ,LLCを立ち上げていたが、17年初頭にこの合弁を解消した。15年にミシシッピ州に工場を立ち上げていたのだが、そのキャパシティを埋めるだけの売上が確保できず、苦戦していた。18年3月期の通年では営業赤字となる見込みだ。
北米での蹉跌は、日本のブランド食品は中国やアジアでは人気が出る、あるいは受け入れられるが、欧米では難しいということだろう。単純に文化や食文化の違いがあるため、それを乗り越えるのは難しいということだ。
それでは、そのハンデを克服してカルビーがどう打って出るのか。北米に現地人による開発チームを組成し、北米に合った新商品を投入するということだろう。さらにもうひとつ、北米での材料調達、つまりジャガイモの買い付けだ。何しろ北海道での調達や契約栽培の確保が天井感を増してきている現在、北米、特にアイダホ州からのポテト買い付けに動くべきだろう。もちろん、品種の問題があるが、カルビーが改良して開発したと報じられている新種のジャガイモ種を提供して生産させるという手がある。
私も経験したことだが、外から乗り込んだプロ経営者も数年すると、改革のカードを切り終わってしまって、手詰まりになることがある。松本会長が活躍するステージを変えることも有用なこととなるのではないか。新天地でさらなるトラック・レコードを積み上げるのはどうだろう。
(この項 終わり)
2018年2月22日木曜日
2018年2月21日水曜日
カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機(6)
もちろんカルビーは踊り場を迎えた国内市場のてこ入れを図ろうとしている。今年に入り、「浜松餃子味」「芋けんぴ味(高知県)」「奥大和柿の葉すし味(奈良県)」「せいだのたまじ味(山梨県)」などをたて続けに発表している。47都道府県をカバーする“ご当地ポテトチップス”を展開しているのだ。どれだけの増収効果があるか、見ものである。
ついでにいえば、伸び続けてきたカルビーの営業利益率も16年3月期に11.4%を記録したが17年3月もほぼ同様な率となり、足踏みの季節を迎えている。
数年来の業績好調を受けて、次の段階の飛躍のために松本会長が力を入れてきた2つのプロジェクトがある。
ひとつは、通称「フルグラ」、フルーツグラノーラだ。朝食で食べられることの多いシリアルの一種だ。1991年に発売、2000年代の10年間、年間売上高は30億円程度で推移していたが、それが今や約300億円と10倍もの規模になっている。
カルビーはこの商品の海外投入を広げていく。フルグラの中国内販売といえば、国内で業者や個人が買い付けて中国に持ち込む、輸出するという状況から、昨年ようやく中国の電子商取引最大手のアリババ・グループと提携して、アリババが運営するECサイト「天猫国際(Tmall Global)」で発売を開始した。今年は実際に中国の小売店での販売を始め、3月末までにはアジア諸国に販売先を広げるとしている。20年度にはフルグラの海外売上高300億円を目指すそうだ。
また製造に関しては国内生産を続ける、ということだ。中国市場では日本製でアピールできるから、ということだ。主要な原料がオーツ麦と玄米ということで、調達の問題は大きくはならないだろう。しかし、総売上高が約2,500億円のカルビーにとって、フルグラだけでは救世主にはなりそうもないビジネス・ボリュームだ。
(この項 続く)
ついでにいえば、伸び続けてきたカルビーの営業利益率も16年3月期に11.4%を記録したが17年3月もほぼ同様な率となり、足踏みの季節を迎えている。
海外勝負が残された成長への隘路
数年来の業績好調を受けて、次の段階の飛躍のために松本会長が力を入れてきた2つのプロジェクトがある。
ひとつは、通称「フルグラ」、フルーツグラノーラだ。朝食で食べられることの多いシリアルの一種だ。1991年に発売、2000年代の10年間、年間売上高は30億円程度で推移していたが、それが今や約300億円と10倍もの規模になっている。
カルビーはこの商品の海外投入を広げていく。フルグラの中国内販売といえば、国内で業者や個人が買い付けて中国に持ち込む、輸出するという状況から、昨年ようやく中国の電子商取引最大手のアリババ・グループと提携して、アリババが運営するECサイト「天猫国際(Tmall Global)」で発売を開始した。今年は実際に中国の小売店での販売を始め、3月末までにはアジア諸国に販売先を広げるとしている。20年度にはフルグラの海外売上高300億円を目指すそうだ。
また製造に関しては国内生産を続ける、ということだ。中国市場では日本製でアピールできるから、ということだ。主要な原料がオーツ麦と玄米ということで、調達の問題は大きくはならないだろう。しかし、総売上高が約2,500億円のカルビーにとって、フルグラだけでは救世主にはなりそうもないビジネス・ボリュームだ。
(この項 続く)
2018年2月20日火曜日
カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機(5)
その発表によると、それらの活動により18年に5,000トンの調達上積みを目指す、としている。しかし、17年に同社が実際に買い付けた加工用ジャガイモの総量は23万トンとされたので、増量を目指している分は2.1%の上積みでしかない。
毎年9%の成長を7年間続けてきた同社の調達増量としてそろばんが合わないのだ。しかも、17年の買い付け実績としては不作の時期が含まれるので、その前年より少なかったのではないかと思われる。
主要製品であるポテトチップスでマーケット・シェア71%を叩き出した、というのは同社にとって危機的な状況が来ているということでもある。ランチェスター戦略によれば、マーケット・シェアが70%を超えればほぼ市場を制圧、その地位は磐石ということだが、どうか。一企業が70%を超えてさらにシェアを伸ばしていったケースはあまり聞かない。アメリカなら独占禁止法が介入してくるような事態でもある。
ポテトチップスだけのシェアの推移を見ると、カルビーの70%はここ10年間ほど変わっていない。ところが2位の湖池屋は当初10%ほどだったシェアを最近では22%までに伸張している(富士経済「食品マーケティング便覧2017年」より)。
カルビーは日本国内で本当にこれ以上ポテトチップスの売上を、16年までのような破竹の勢いで伸ばすことは可能なのだろうか。そもそも日本人はこれ以上ポテトチップスを食べ続けていくのだろうか。
(この項 続く)
毎年9%の成長を7年間続けてきた同社の調達増量としてそろばんが合わないのだ。しかも、17年の買い付け実績としては不作の時期が含まれるので、その前年より少なかったのではないかと思われる。
伸びしろのないマーケット・シェア
主要製品であるポテトチップスでマーケット・シェア71%を叩き出した、というのは同社にとって危機的な状況が来ているということでもある。ランチェスター戦略によれば、マーケット・シェアが70%を超えればほぼ市場を制圧、その地位は磐石ということだが、どうか。一企業が70%を超えてさらにシェアを伸ばしていったケースはあまり聞かない。アメリカなら独占禁止法が介入してくるような事態でもある。
ポテトチップスだけのシェアの推移を見ると、カルビーの70%はここ10年間ほど変わっていない。ところが2位の湖池屋は当初10%ほどだったシェアを最近では22%までに伸張している(富士経済「食品マーケティング便覧2017年」より)。
カルビーは日本国内で本当にこれ以上ポテトチップスの売上を、16年までのような破竹の勢いで伸ばすことは可能なのだろうか。そもそも日本人はこれ以上ポテトチップスを食べ続けていくのだろうか。
(この項 続く)
2018年2月19日月曜日
カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機(4)
しかしカルビーの今期の不調というか足踏みは、私に言わせればその「巨大性」にある。まず、松本会長の「買って 作って 売る」のうち「買う」である。カルビーはポテトチップスに使うジャガイモを北海道で買い付けている。
16年の天候不順のために北海道のジャガイモが大減産となり、ポテトチップスのメーカー各社は減産をしたりアイテム数の間引きをしたりという大きな影響をこうむった。カルビーもポテトチップスの本格的な生産体制に復帰できたのが17年6月以降ということで、今期の売上予想が伸びていないのもそれによるところが大きい。
焼酎のトップブランド黒霧島を醸造している九州の霧島酒造も同様に、原料を特定種別(霧島の場合はサツマイモ)で特定地域での栽培と限ったりすると、その売上が急増したときに供給の確保の問題が起こり、ひいてはそれが商品ブランドや会社の成長限界を作り出すことがある。
カルビーは前述の第3四半期業績発表会で、北海道での生産者支援に力を入れてジャガイモの調達を確保・増強する、とした。調達を担うカルビーポテト社が生産者への新品種の提案や栽培指導などをする、つまり生産者の囲い込みを図るということだ。
(この項 続く)
16年の天候不順のために北海道のジャガイモが大減産となり、ポテトチップスのメーカー各社は減産をしたりアイテム数の間引きをしたりという大きな影響をこうむった。カルビーもポテトチップスの本格的な生産体制に復帰できたのが17年6月以降ということで、今期の売上予想が伸びていないのもそれによるところが大きい。
焼酎のトップブランド黒霧島を醸造している九州の霧島酒造も同様に、原料を特定種別(霧島の場合はサツマイモ)で特定地域での栽培と限ったりすると、その売上が急増したときに供給の確保の問題が起こり、ひいてはそれが商品ブランドや会社の成長限界を作り出すことがある。
カルビーは前述の第3四半期業績発表会で、北海道での生産者支援に力を入れてジャガイモの調達を確保・増強する、とした。調達を担うカルビーポテト社が生産者への新品種の提案や栽培指導などをする、つまり生産者の囲い込みを図るということだ。
(この項 続く)
2018年2月18日日曜日
カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機(3)
「買って 作って 売る」に何が起きた
松本会長が就任以来掲げた経営哲学でもある社内号令が「買って 作って 売る」というシンプルなものだった。カルビーの主要製品、ポテトチップスの原料であるポテトは北海道で買い付けている。それをうまくやろう、そして鮮度を保つよう早く作ろう、小売の棚取り・面取りをしっかりやってたくさん売ろう、ということだった。
この号令一下、業績の回復と成長は前述した通りだが、マーケット・シェア的にもカルビーの存在感は突出した。ポテトチップス市場(売上規模1,102億円、15年)における各社のシェアはカルビー71%、湖池屋22%、他7%とカルビーが圧倒的に強い(富士経済「食品マーケティング便覧2017年」より)。
また、スナック菓子市場全体(売上規模3,188億円)のうちの各社のシェアは、カルビー50%、湖池屋12%、山崎製パン11%、おやつカンパニー6%、日本ケロッグ4%、森永製菓、明治、ハウス食品がおよそ2%となっていて、カルビーが突出したナンバーワンである。
しかしカルビーの今期の不調というか足踏みは、
(この項 続く)
2018年2月17日土曜日
カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機(2)
松本会長がカルビーに着任したのが09年。ジョンソン・エンド・ジョンソンの社長、顧問を歴任したいわゆるプロ経営者として招聘された。以来、カルビーの業績はすばらしかった。
09年のグループ連結売上高は1,373億円だったが、直近の17年3月期は同2,524億円だった。8年もの間、毎年平均して9.0%の成長を持続してきたことになる。多くの経営者ができることではない。
営業利益の回復はさらに顕著だ。09年の対売上高営業利益率はほぼゼロだったのが、翌10年には早くも6%を超え、17年には11.4%と高い数値を実現した。17年度までの快進撃に比べ、18年3月期決算予想は松本カルビーにとって初めての足踏みの時期が来たことを示している。
(この項 続く)
09年のグループ連結売上高は1,373億円だったが、直近の17年3月期は同2,524億円だった。8年もの間、毎年平均して9.0%の成長を持続してきたことになる。多くの経営者ができることではない。
営業利益の回復はさらに顕著だ。09年の対売上高営業利益率はほぼゼロだったのが、翌10年には早くも6%を超え、17年には11.4%と高い数値を実現した。17年度までの快進撃に比べ、18年3月期決算予想は松本カルビーにとって初めての足踏みの時期が来たことを示している。
(この項 続く)
2018年2月16日金曜日
カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機(1)
「Thinkstock」より
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松本会長就任以来の業績ブレーキ
カルビーが2月1日に発表した同第3四半期累計(4―12月)の売上高は1,867億円(対前年同期比1.2%減)と微減だったが、営業利益は191億円(同13.7%減)と悪化した。対売上高営業利益率は10.2%となっている。同社は18年3月期通期の予想を売上高2,560億円(対前年比1.4%増)、営業利益275億円(同4.7%減)と今回は据え置いたが、昨年10月に一度下方修正している。
(この項 続く)
2018年2月6日火曜日
ソフトバンク、「Pepper元開発リーダー」不使用要請は「言論の自由への抵抗」(8)
林氏側のこのような対応もあり、ソフトバンクロボティクスと林氏側の対立という構図にはならずにこの問題は決着を見たようだが、実はこの二者のほかに、この問題をめぐる登場プレーヤーがいる。
それは、林氏やPepperを紹介、報道してきたメディアというプレーヤーだ。メディアがある人物を紹介するとき、その呼称をどのように決定しているか。一義的にはその人の正式肩書きであるが、「開発リーダー」のように一般呼称としての称号で呼ぶのは、メディア側の判断となる。つまりPepperについて誰が実質上の開発リーダーだったのか、という判断が無意識に行われているのである。
メディア側が呼称を選択することは評価行為であり、言論行為なのだ。林氏を「Pepperの開発リーダー」と多くのメディアが呼んできたということは、そのまま林氏の業績に対する評価だったといっていい。林氏が自らの業績を誤って、あるいは誇張して伝えてきたわけではない。
このような構造で今回の事案を見てみると、実はソフトバンクロボティクスの「要請書」はメディアの評価、判断に対する挑戦だったと解することができる。ソフトバンクロボティクスは「誤謬を正した」と主張するだろうが、実際には言論の自由、発表の自由に対する物言いとなった。
(この項 終わり)
それは、林氏やPepperを紹介、報道してきたメディアというプレーヤーだ。メディアがある人物を紹介するとき、その呼称をどのように決定しているか。一義的にはその人の正式肩書きであるが、「開発リーダー」のように一般呼称としての称号で呼ぶのは、メディア側の判断となる。つまりPepperについて誰が実質上の開発リーダーだったのか、という判断が無意識に行われているのである。
メディア側が呼称を選択することは評価行為であり、言論行為なのだ。林氏を「Pepperの開発リーダー」と多くのメディアが呼んできたということは、そのまま林氏の業績に対する評価だったといっていい。林氏が自らの業績を誤って、あるいは誇張して伝えてきたわけではない。
このような構造で今回の事案を見てみると、実はソフトバンクロボティクスの「要請書」はメディアの評価、判断に対する挑戦だったと解することができる。ソフトバンクロボティクスは「誤謬を正した」と主張するだろうが、実際には言論の自由、発表の自由に対する物言いとなった。
(この項 終わり)
2018年2月5日月曜日
ソフトバンク、「Pepper元開発リーダー」不使用要請は「言論の自由への抵抗」
林氏は大人の対応
1月24日に出されたGROOVE Xのリリースには次のようにある。
「林要のソフトバンクロボティクス社様勤務時代の呼称について、当社並びに林要自身から特段主張させていただくことはございませんので、ソフトバンクロボティクス社様のご指摘通り、林の経歴を含む表現に関しまして今後は『Pepperプロジェクトの(元)プロジェクトメンバー』または『PMO室長』という表現に統一させていただきたいと考えております」
さらに、林氏の所感と思われる表現もあった。
「当社林は、Pepper開発という大変貴重な経験をさせていただいたメンバーの一員として、ソフトバンク社様に対して感謝の念を忘れることはありませんし、当社GROOVE Xが創る LOVOTという新世代家庭用ロボットが Pepper同様、皆様に受け入れられ、愛していただけるよう開発に注力していくことで関係者の皆様や社会に対して恩返ししていく所存です」
(この項 続く)
2018年2月4日日曜日
ソフトバンク、「Pepper元開発リーダー」不使用要請は「言論の自由への抵抗」(6)
ソフトバンクロボティクスとしては、旧社員となった林氏が今に至るも看板商品であるPepperの生みの親であるかの報道に不快感を募らせていたのだろう。冒頭に掲げた「要請文」のタッチは、そのような解釈をすると腑に落ちる。
その「要請文」の発行人となった冨澤社長が、16年春にロボスタにインタビューされたことがあるという。
「ソフトバンクロボティクスの冨澤社長にインタビューをさせていただいた際に、席に着くや否や『(林氏が)Pepperの父という表現は間違いだ』と指摘された」(同記事)
「また冨澤社長は『彼に部下なんていなかった』とも加えた。周囲に賛同を求めると、6、7人が黙って頷いたのだった」(同記事)
社長が不機嫌にそのように言い放ったとしたら、「そうではありません」などと言える部下はあまりいないだろう。自分を差し置いて在職中は社長でもなかった人物が、看板商品の「アイコン」扱いをいまだに受けているというのは、現社長にしてみればおもしろくないことは想像できる。
そこでカリスマ経営者である孫社長を担ぎ出して、「本当の生みの親はこちらだ」と声を張り上げた。もちろん、それは正しいことだ。大人気ないとする向きがあっても、間違いとして指摘されることはない。しかし、あえて声を上げるようなことだったろうかとの思いは残る。
(この項 続く)
その「要請文」の発行人となった冨澤社長が、16年春にロボスタにインタビューされたことがあるという。
「ソフトバンクロボティクスの冨澤社長にインタビューをさせていただいた際に、席に着くや否や『(林氏が)Pepperの父という表現は間違いだ』と指摘された」(同記事)
「また冨澤社長は『彼に部下なんていなかった』とも加えた。周囲に賛同を求めると、6、7人が黙って頷いたのだった」(同記事)
社長が不機嫌にそのように言い放ったとしたら、「そうではありません」などと言える部下はあまりいないだろう。自分を差し置いて在職中は社長でもなかった人物が、看板商品の「アイコン」扱いをいまだに受けているというのは、現社長にしてみればおもしろくないことは想像できる。
そこでカリスマ経営者である孫社長を担ぎ出して、「本当の生みの親はこちらだ」と声を張り上げた。もちろん、それは正しいことだ。大人気ないとする向きがあっても、間違いとして指摘されることはない。しかし、あえて声を上げるようなことだったろうかとの思いは残る。
(この項 続く)
2018年2月3日土曜日
ソフトバンク、「Pepper元開発リーダー」不使用要請は「言論の自由への抵抗」(5)
また林氏が実際にロボット開発プロジェクトのリーダーだったことを示すエピソードがある。
「『お前の情熱が足りないから、プロジェクトが動かないんだ!』2012年12月3日、ソフトバンク本社の社長室。緊急会議で役員たちが集められた中、激高した孫正義社長は“末席”に座る1人の社員をにらみつけていた。怒りの矛先は林要」(14年10月18日付東洋経済オンライン記事『「ペッパー」が呼び寄せた異能の“トヨタマン”』より)
関係役員を代表して孫社長から叱責されたということは、その人物がそのプロジェクトの実質の責任者だったからにほかならない。林氏は単に「開発リーダー」を超えた存在だったわけだ。にもかかわらず、ソフトバンクロボティクスは今になってなぜ、今回のような要請をするに至ったのだろうか。
(この項 続く)
「『お前の情熱が足りないから、プロジェクトが動かないんだ!』2012年12月3日、ソフトバンク本社の社長室。緊急会議で役員たちが集められた中、激高した孫正義社長は“末席”に座る1人の社員をにらみつけていた。怒りの矛先は林要」(14年10月18日付東洋経済オンライン記事『「ペッパー」が呼び寄せた異能の“トヨタマン”』より)
関係役員を代表して孫社長から叱責されたということは、その人物がそのプロジェクトの実質の責任者だったからにほかならない。林氏は単に「開発リーダー」を超えた存在だったわけだ。にもかかわらず、ソフトバンクロボティクスは今になってなぜ、今回のような要請をするに至ったのだろうか。
出る杭は打たれ、外で伸びた杭は目に障る
ソフトバンクを出て林氏が創業したGROOVE X社は、ロボット開発を標榜するベンチャー企業だ。古巣のソフトバンクロボティクス社にとっては競合となった。
17年12月4日に、GROOVE Xはビジネス拡大のための資金調達の発表を行った。同時にソフトバンク本社がある東京港区の汐留に、期間限定ではあるが大きな看板広告を出した。この広告意図について林氏自身は「尊敬している孫正義社長へのオマージュ、メッセージ」だとしているが、「Pepperに対する挑戦と受け取られても仕方ない」との指摘もある(18年1月24日付ロボスタ記事『ソフトバンクが報道陣に異例の通達 林要氏は「リーダーではなかった」 その全容と詳細』)。
2018年2月2日金曜日
ソフトバンク、「Pepper元開発リーダー」不使用要請は「言論の自由への抵抗」(4)
「Pepperの開発リーダー」と呼ばれていた
まず、(1)問題の呼称群を林氏は自称していたのか。林氏自身は、次のように反論した。
「これまで私が自ら『ペッパーの父』『生みの親』と自己紹介をしたことはなく、今後そのような主張をするつもりもございません」(林氏のFacebook、1月25日付投稿)
次に、(2)林氏はソフトバンクロボティクス社に在職していたとき、実際にPepperの開発リーダーだったのか、少なくともそう目されていたのか、である。GROOVE X社は次のリリースを発表している。
「一方、ソフトバンク社様HPに記載されている以下URLの記事において『開発リーダー』表現が使用されていた事実があることから、Pepper『開発リーダー』の呼称の使用については特段の問題がないものと考えておりました。」(18年1月24日同社リリース)
在職中、林氏がマスコミに露出するときには、「開発リーダー」との呼称が通用していたらしい。同氏の正式な肩書きは「PMO室長」ということだった。「開発リーダー」のほうがその職務内容をわかりやすく表現していたことは間違いなく、それが多用され、会社の広報やホームページにも同氏を紹介するときに使用される、ときには同氏自身もその呼称でイベントなどにも出演するなど、広く使われていた。つまり、「会社公認での使用」だった。
(この項 続く)
2018年2月1日木曜日
ソフトバンク、「Pepper元開発リーダー」不使用要請は「言論の自由への抵抗」(3)
文中では
「これまでも弊社は数回にわたって事実と違った呼称を使わないよう林氏サイドに対し申し入れを行ってまいりましたが、改善がみられないため、今回改めて前述の認識についてメディアの皆様にお伝えさせていただくことにいたしました」
とも記載されている。
この部分などは、林氏を詰問・批難しているようにも受け止められる。2015年9月に林氏がソフトバンクロボティクスを退職したときにはトラブルなど報じられていなかったし、同氏は今でもソフトバンクグループを担う後継者発掘・育成を目的とする企業内学校、ソフトバンクアカデミアの会員で、同社の孫正義会長兼社長に心服しているという。
上記の「要請書」では、2つのことがポイントなる。
(1)林氏はソフトバンクロボティクスを退社した後、「Pepperの『父』」「生みの親」「(元)開発者」「(元)開発責任者」「(元)開発リーダー」などを自称していたのか。
(2)林氏は、ソフトバンクグループに在職していたとき、Pepperの開発リーダーだった、少なくともそう目されていたのか。
(この項 続く)
「これまでも弊社は数回にわたって事実と違った呼称を使わないよう林氏サイドに対し申し入れを行ってまいりましたが、改善がみられないため、今回改めて前述の認識についてメディアの皆様にお伝えさせていただくことにいたしました」
とも記載されている。
この部分などは、林氏を詰問・批難しているようにも受け止められる。2015年9月に林氏がソフトバンクロボティクスを退職したときにはトラブルなど報じられていなかったし、同氏は今でもソフトバンクグループを担う後継者発掘・育成を目的とする企業内学校、ソフトバンクアカデミアの会員で、同社の孫正義会長兼社長に心服しているという。
上記の「要請書」では、2つのことがポイントなる。
(1)林氏はソフトバンクロボティクスを退社した後、「Pepperの『父』」「生みの親」「(元)開発者」「(元)開発責任者」「(元)開発リーダー」などを自称していたのか。
(2)林氏は、ソフトバンクグループに在職していたとき、Pepperの開発リーダーだった、少なくともそう目されていたのか。
(この項 続く)