IASM(国際経営戦略研究学会)
戦略経営理論実践研究会1月例会に出席。報告者は池本正純氏(専修大学・経営学部・教授)、テーマは「企業家論の視点と組織理論」。
30名ほどの経営学者が出席し、質疑も活発でおもしろかったし、勉強にもなった。
今日のブログで書こうと思ったのは、池本先生の発表の内容のことではない。先生が主として論じられたテキストのことである。ほとんど原書が挙げられた「出典」で中心とされたのはR.H.Coase(コース)の1937年(!)の論文。池本先生はコースの理論を紹介したご著書を1984年に出され、その後のお考えをまとめられたモノを「起業家とは何か」(八千代出版)として2005年に上梓されている。企業家論の分野では著名な研究者だそうだ。
質疑のところで、企業社員研究者らしき方が、
「1937年の理論というと、現在の大企業の経営にはそぐわないのではないか」
という質問をした。
池本先生のお立場は、
「企業家ということで、大企業の話ではない。あるいは大企業にも企業家型経営者が出ている」
とのお答え。
タイトルに付けた「理論経営学」は、「理論経済学」から掛けた私の造語。
私の最初の専攻は9世紀に書かれたと思われる「伊勢物語」だった。平安文学研究と経営学の本質的な違いは何かというと、後者は実学だ、ということである。つまり学問でもあるが、現世利益に貢献を期待されているモノでもあろう。いろいろ考えさせられた一夕だった。
昨夜のIASMに参加していた者です。私は研究者ではなく、企業から参加しているのですが、ブログにあります質問者の質問、池本先生のご回答から、現代の大企業では、実は企業家は海外子会社にいるのではないかという感想を持ちました。海外子会社経営者は、時として人材を含む経営資源を一から現地調達しなければならないことも、組織を作らなければならないこともありますし、市場もあるという前提で進出しますが、それは幻想だった、ということもあります。
返信削除伊藤さん コメントありがとうございます。「企業家」や「経営者」の定義と言うことに関連するかと思います。意思決定権をどれだけ把握しているか、という要素が大きいと思ういます。役職や株式保有などが関連する場合もありますが、上場されて創業者の株式保有が数%となっても、最大意思決定権を保持しているような例も多い。
返信削除大企業の場合、本社側にいる時は中間管理職でも、海外では子会社のトップとして意思決定権が預託される、という構造変化が起こると言うことではないでしょうか。